●医療講演会の報告

支部長 佐々木裕二

 定期総会に続き医療講演会を開催しました。座長を高野雅彦先生に、講師は九州大学病院の池田康博先生にお願いし、3月に臨床研究が始まったばかりの遺伝子治療のお話をお聞きすることができました。
 私たちの最も気になるその治療効果については、あくまで動物実験の結果と前置きしながら、4週間で光を感じなくなる急性のモデルが治療することで12週たっても電気信号を確認しているので、ある程度の期待をしているとお話しされました。
 臨床研究は第1相を5年間かけて安全性の確認、第2相も5年間かけて効果の確認、そしてその後第3相を多施設で実施するとのことでした。10年以上の長い研究期間ですが、遺伝子治療という未知の治療にチャレンジする先生を今後も注目していきたいと思います。



「網膜色素変性に対する新しい治療法開発」
  九州大学病院眼科・池田康博(いけだやすひろ)先生

 以下は池田先生の講演ハイライトです。講演では、眼球の仕組みや網膜色素変性症の概要、治療薬などのほか、人工網膜やiPS細胞による再生医療など最新情報を紹介した後、九州大学が取り組んでいる遺伝子治療の臨床応用について解説されました。 (文責・編集部

スライドを表示しながらマイクを持ち身振りを添えてお話しする池田先生。

●九州大学眼科が取り組む遺伝子治療
 我々の遺伝子治療というのは(今のレーバー先天盲の事例で紹介した)正常な遺伝子を入れて機能を補充するのではなく、視細胞が死んでいくのを防ぐ、もしくは遅らせるもので、視細胞保護遺伝子治療という方法です。この方法では、神経栄養因子といって神経細胞を保護する効果のあるタンパク質を眼の中で作らせます。
 例えば、網膜色素変性症では、だんだん視機能が悪くなって最終的には日常生活に困るという状況になりますが、遺伝子治療することで、病気そのものを治すのではなく、進行を遅らせることによって日常生活に困るようになる年齢を少しでも先延ばしにしてあげようというコンセプトで行っています。もう少し詳しくお話ししますと、網膜の下に遺伝子という形でその神経栄養因子を打ち込みます。すると、その遺伝子は網膜色素上皮細胞という細胞に取り込まれ、そこで遺伝子からの情報で神経栄養因子がたくさん作られて分泌されます。要するにお薬が眼の中で作られ、それによって視細胞を守り、最終的には病気の進行を遅らせようというのです。

 網膜色素変性のモデル動物として、皆様と同じように遺伝子の傷によって視細胞がなくなっていくネズミを用いた動物実験では、視細胞がほとんどなくなってしまう時期でも、この遺伝子治療をすることで視細胞を残すことができる。なおかつ残した細胞にも機能があり、光を当てるとちゃんと電気信号がでてくることまで証明しています。
 この後に我々は安全性試験をやりました。新型インフルエンザウイルスなどウイルスというのは細胞に感染して、そこで遺伝子からタンパク質を作り出すことでどんどん増殖していきます。我々はウイルスのタンパク質を創り出すシステムを利用して、先程の神経栄養因子を目の中で作らせます。従って、ウイルスを眼の中に打ち込むことが、安全かどうかが問題になります。そこで我々はサルを使って試験を実施し、5年間の経過観察を行って安全性を確認しました。
 動物実験で治療効果と安全性を確認できたので、これを臨床応用しようと、平成18年に臨床研究の実施計画を作りました。「視細胞保護遺伝子治療」という臨床研究で、総括責任者は九州大学眼科の石橋達朗教授で、私が副総括責任者です。この臨床研究のアウトラインはどんなものか。先程お薬は3段階を経て認められると話しましたが、まずその第1段階ですね、安全かどうかを確かめる段階です。我々が使うウイルス、ベクターすなわち遺伝子の運び屋さんとしては世界で使われたことがないものだったので、今回は治療効果ではなく、安全かどうかをしっかり確かめることを目的にして研究を組みました。ですから、治療と呼ぶにはまだまだの段階ということになります。

 それぞれの患者さんにつき、2年間経過観察を行った後に安全性の判定を行います。目標症例数は20例です。濃度を2つに分け、低いものを5人に、高い濃度のものを15名の方に投与する計画です。
 平成18年に九州大学の倫理委員会で審議してもらい、承認を得るまでに約2年間かかりました。ここで通常の臨床研究ならすぐに始められるのですが、iPS細胞を用いた再生医療などの場合と同様に遺伝子治療は国のOKが必要です。この後、厚生労働省にお伺いを立て、途中震災などの影響で1年くらい審議が止まりましたが、最終的には昨年7月に厚生労働省からOKをいただきました。その後学内の調整を経て、今年3月から臨床応用を始めました。

 最初の症例について簡単に紹介します。65歳の女性の方で、若い頃から夜盲はあり、平成9年に網膜色素変性と診断されています。その時の視力が両方とも0.5くらい。平成16年に我々のところにご紹介いただき、その時の視力は0.3。実際に遺伝子治療を行ったときには右は0.01、左が0.06で、だいぶ見えにくくなった状況でのトライとなりました。
 平成25年2月に1回目の同意を取得し、その後入院して全身精査。遺伝子治療は特に発ガン性が問題になるので、全身のCTを撮ったり内視鏡検査をしたりしてガンがないことを確認します。その後、適応評価委員会で適応の承認を受けます。
 眼底写真ではだいぶ進行した状況で、この右目に遺伝子治療を行いました。3月26日です。(ビデオ映像を見せつつ説明)・・・眼の中の硝子体をとって、髪の毛のように細い針を使って、網膜の下にお薬(ウイルス溶液)を入れます。4カ所に分けて打ち、そこで作られたものが治療のお薬として出てくることになります。
 幸いにして何事もなく経過良好で、2週間して退院されました。投与4週間後の視力は0.03。たまたまちょっと視力が上がっていますが、状態はほぼ投与前と変わっていないと考えていいと思います。有害事象はなにも起こらなかったとほっとしています。そして、つい2週間前、5月下旬に2症例目の方に投与を行いました。この方も今のところ経過は良く、3日後くらいに退院する予定です。
 本年中に先程お話ししました低濃度の5例の投与を完了して、来年度から高濃度群の15名に投与して行こうと考えています。

 3週間前に安倍首相が九大病院を視察に来られました。「難病治療、私の天命」と産経新聞に取り上げていただきましたが、この中で責任者の石橋教授が今回の遺伝子治療についてプレゼンをしましたが、非常に興味を持っていただいたようでした。何らかのサポートをして下さるんではないかなとちょっと楽しみにしているところです。

 実際の色素変性の遺伝子治療の適応基準ですが、まず40歳以上であること、それから2番目に1年以上我々の施設で定期的に経過観察できていて、そして病状が安定していること。まあ信頼関係の問題とか色々あるんですけれども、1年以上経過を見させていただいて、ご同意いただけた方という形になります。見えなくなっている方、眼の中に合併症のある方、悪性腫瘍の既往のある方などが除外の基準となっております。
 おそらく是非私にとおっしゃる方もいらっしゃると思います。ただ、全身精査した後にガンが見つかって受けられない可能性があったりもします。それから、手術を受けた後で眼の中にウイルスがいるので実は1週間隔離します。退院後も1カ月に1回受診していただかなくてはならないので、ちょっと横浜からだと厳しいかなとは思っているんですけれども、それでもという方がいらっしゃいましたら是非我々のところに受診していただければと思います。ご清聴ありがとうございました。

**この医療講演会は「NHK歳末たすけあい」の配分金により実施しました**

医療講演会ハイライトその2(現行の治療法・薬と合併症) 医療講演会ハイライトその3(新しい治療法)