●医療講演会ハイライト その2


 前号に続き、6月に行われた池田康博(いけだ・やすひろ)先生の講演ハイライトをお届けします。「網膜色素変性に対する新しい治療法開発」と題した講演の中から、今回は現行の治療法についてのお話をまとめました。

(文責・編集部)



●現行の治療法・薬と合併症

九州大学病院眼科・池田康博


 網膜色素変性症では、明らかな効果を示す治療法がないという状況でありますが、いくつかお薬が臨床で使われています。

 アダプチノールは植物の花びらから抽出された天然のもので、暗いところでの見え方を良くするという効果がカエルの実験で証明されています。実際にヒトでどうかは証明されていません。134名を対象とした臨床研究では、有効姓を認めなかったというのが論文上は書かれています。我々の施設でもアダプチノールはあまり積極的にはだしておりません。しかしながら、昔から保険が通る薬としてこれしかないという事情もあり、「お薬を」と言われるとこれを出さざるを得ないのが現状です。

 次にチョコラA。ビタミンAという名称を皆さん聞いたことがあるかも知れません。これはアメリカで600名以上の患者さんを対象とした臨床研究で、1日1万5千単位、成人が1日に摂取する量が2千単位くらいですが、その5倍から7倍をお薬でとると進行が少し遅くなることが実際に証明され、海外、特にアメリカでは比較的よく使われているお薬です。
 しかし、日本ではあまり普及しておりません。といいますのは、このビタミンAは過剰にとると、肝臓が腫れてしまうとか、女性の方が骨折をしやすくなる、といった副作用も比較的強いからです。私が網膜色素変性症の専門外来を始めた10年程前は、これはいいだろうと使っていましたが、最近は使う機会が少なくなっています。

 ニバジールという高血圧のお薬があります、これはカルシウム拮抗剤という分類に入る薬で、血管を拡張させることによって網膜の血液の循環を改善する、もしくは直接的に視細胞を保護する効果があることが動物実験などでは証明されています。弘前大学などでは、このお薬を平均30ヶ月使用することによって視野保持効果が証明されたという報告をしています。従いまして、我々のところでは既に血圧が高くてお薬を飲まれている方には、内科の先生に手紙を書いてこのニバジールに変えてもらうようにしています。実際に患者さんのデータもありますので、今使えるお薬としてはいいのではないかなと思います。

 最近よく耳にするレスキュラもしくはウノプロストンという点眼薬は、元々は緑内障のお薬で、眼圧を下げる作用だけではなく、網膜の神経細胞を保護する効果と、血液の循環を改善して細胞を保護する効果があることが動物実験などで確かめられておりました。緑内障の患者さんでも眼圧があまり下がらないが視野狭窄があまり進行しないと報告されるなど、臨床的にも神経保護効果があると言われていたお薬です。
 2008年ごろから千葉大学の山本修一先生のところで、これを網膜色素変性の方に使っていただく臨床研究が行われました。この臨床研究で進行を抑制する効果が得られたため、その後約100名を対象とした治験が行われ、効果があったという報告がなされています。
 一般に使っている目薬や飲み薬などの薬は、治験という形で三段階のステップを経て患者さんが使えるようになります。まず最初にフェーズ1、第一段階は安全性をみる、そして第二段階のフェーズ2では小規模の患者さんで効果があるかどうか、それから濃度を変えることで治療の効果が増すかどうかをみます。そしてフェーズ3、第三段階は、多施設で多くの患者さんに使っていただいて、本当に効果がでるかどうかをみます。実際にこのフェーズ3、お薬として認められる直前の臨床研究が今年3月くらいから全国30ヶ所以上の施設で始まっています。我々のところでも6名、全国で合計180名の患者さんにこのウノプロストンを使っていただいて治療効果があるかどうかを確かめている最中です。言われていたとおりの効果が多くの患者さんでもみられれば、 2015年度の終わりごろにも認可を受けることになりそうです。

 もう一つ、網膜色素変性症の治療で問題になるのは合併症です。
 今まではおそらく治療法がないという理由で、網膜色素変性と診断されたあと眼科にあまり通われない方もかなりいらっしゃるのではないでしょうか。しかし、合併症は治療できるものがありますので、是非年1回くらいは眼科の専門医に診ていただいて、今の眼の状況はどうかを確かめていただきたいと思います。
 網膜色素変性症の合併症には、白内障、緑内障、そして黄斑部の合併症があります。この黄斑部は眼の真ん中辺りにあり、1.2とか1.0という視力、視機能はこの黄斑部の周りでだします。この黄斑部の合併症がでてくると、例えば今まで視野は狭いけれども1.2見えていた人が0.7とか0.6に落ちてしまうことになります。こういった合併症を早く見つけて早く治療することが大事です。

 白内障は、皆さんの中にも手術された方もたくさんいると思います。イギリスからの報告ですが、加齢性の白内障と比較して網膜色素変性症では若年で発症すると言われています。古いデータですが、加齢性のものが70歳前後であるのに対し、網膜色素変性の方は47歳ぐらいで、20歳から25歳くらい早くでてくることが分かっています。これも海外からの報告ですが、多くの症例では手術によって視力が改善しています。観察期間が3年間くらいですが、90症例140眼で約70%以上の方が視力が良くなった、変わらない方が20%、逆に悪くなった方が2%と報告されています。実際に私が外来をしておりますと、変わらない方もしくは長い期間をみていると悪くなったという方がもう少し多いなという印象ですが、現状認められている論文としては手術をすれば良くなるという結果であります。

 それから黄斑部の合併症です。黄斑という真ん中の部分に水が溜まる黄斑浮腫が15から20%、それから黄斑部分の網膜の上に薄い膜が張って膜が収縮することによって物が歪んで見える症状、黄斑上皮が10%から20%くらい、網膜色素変性の方は合併するといわれています。
 特に黄斑浮腫は治療ができることが分かっています。実際、2年前に色素変性と診断された55歳の男性の方に緑内障の薬を両眼に使っていただいたところ、お水がすっとひき、当時0.7くらいだった視力が1.0とか0.9とかに改善しました。通常、網膜色素変性は視力が良くなることはほとんどありませんが、浮腫が減少して視力が改善し、かつそれが4年間ずっと続いていいます。この患者さんは眼科に通っていて良かったと実感されたのではないかと思います。

**この医療講演会は「NHK歳末たすけあい」の配分金により実施しました**

医療講演会ハイライトその3(新しい治療法)