●医療講演会の報告 前田亜希子先生
 〜網膜色素変性に対するリードスルー薬の開発〜

役員 田中和之 

 去る6月15日に開催された「第24回定期総会」の午後、神戸アイセンター病院 網膜変性研究室の前田亜希子先生による講演会が、かながわ県民センター301会議室に、81人が参加し開催されました。
 紙幅の都合により、演題となったリードスルー薬の開発と、前田先生からのメッセージを中心にダイジェストしました。


公演中の写真です。
 網膜色素変性症(RP)は現在のところ、日本で行われている治療法はありません。しかし、治療に関するマップはあります。
 例えば、これ以上病気を進行させないようにするもので、リードスルー薬がその一つです。
 RPは遺伝子疾患で、体の設計図である遺伝子の変化によって眼に必要なタンパク質をつくらなくなってしまう病気です。
 自然界ではある頻度で遺伝子(配列)に変化が起こってしまいます。少し専門的になりますが、例えば、aagという遺伝子配列がuagに変化す ると、タンパク質ができなくなります。ただこの変化した箇所を読み飛ばすことによりタンパク質をつくり、体を防御する仕組みが知られて います。これを「リードスルー(読み飛ばし)」といいます。
 そして、実はこうした効果を発揮する薬がすでにあります。
 例えば、抗生剤です。抗生剤は長く服用すると、副作用が起こってしまいますが、私たちはリードスルー効果があり、長期間使用できる薬を 探すという研究をしています。
 現在わかっているものでRPの原因遺伝子は約70種、類縁疾患を合わせると約300種あるといわれています。治療法として約300の方法をつくる必要があるのです。
 しかし、RP患者の20%はタンパク質が合成できなくなることで発症することがわかっています。この数字は欧米のデータですが、日本で は25%に上り、約4人に1人の患者に薬が使えることになります。またすでに使われている薬のため、新薬を開発するような時間とコスト がかかりません。
 どのようにして調べたのか、簡単に説明しましょう。私たちは大阪大学の協力を得て、他疾患の治療薬として使われている約2000種類の 薬の中から、RPに対してリードスルー効果のある薬を探しました。その結果、26種類の薬剤にリードスルー効果が認められました。
 次にRPマウスと、RP患者から採血した血液をもとにしたiPS細胞を用いて確認したところ、2種類の薬剤でタンパク質が作成されたことが 確認できたのです。
 今後はこのリードスルー薬の安全性と効果を検討します。この2種類の薬はすでに他の疾患で使われているため、効果が確認できたら製薬メーカーに目の疾患への適応に働きかけることになります。RP以外の病気に有効な治療薬の中からRPに有効な新たな薬効を見つけだすので 、いち早くRP治療に用いることが叶です。


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 医学部を卒業し札幌で研修医をしていたころ、難病であることがわかり、将来に対して大きな失望感を抱いていました。でも、そのころ先輩医師のサポートでRP患者会の講演会を手伝ったことが大きな転機となりました。そこで困難な状況にあっても希望を失わず元気に活動する患者さんたちと接し、悲観していても時間の無駄と気づき、臨床医では役に立てないが、医学研究者として貢献する道があるのではないか、と 考えたのです。そして2001年、眼科学・病理学の博士課程を終えた私は渡米し、シアトルにあるワシントン大学で研究生活をスタートしました。
 自分が病気になって失ったものはたくさんありますが、逆に得たものも多いと思います。例えば、病気になることによってつながった人や医 療従事者です。こうした体験が今の仕事にも非常に役立っています。
 米国では、リスペクタブル(尊敬される)患者になることを指導されます。
 そのために大事なことはまずゲット・インフォメーション(情報を集める)。これは病気を理解することになります。次に、マネージ・ユア・ディジーズ(自分の病気を理解する)。具体的には視野・視力などのほか、どんなことができるのか・できないのかなど、自分の状態を把握することです。次の段階はサポート体制づくり。家族や友人を良好な関係を構築することによって日常生活に困らなくなります。
 米国では、医療関係者を含めたチームづくり(ビルド・ユア・チーム)として特に強調されています。そしてその中心にいるのは常に患者自身。
 最後は自分と同じ病を抱える患者を助けること。ここまでくれば、精神的に病気を克服し、自分らしい生活、自分らしい人生を送ることができます。皆さんにはこのように自分の生活を楽しんでほしいと思っています。

**この医療講演会は「NHK歳末たすけあい」の配分金により開催致しました。**