会長 佐々木 裕二
◆演題:硝子体投与アプローチからの網膜色素変性の遺伝子治療
◆講師:日本医科大学 眼科学教室 五十嵐 勉 准教授
五十嵐先生は昨年のJRPS研究助成を受け
られた方です。以下、要点をまとめてみました。
(写真)五十嵐先生
【コンセプト】
・遺伝子治療により神経栄養因子を発現させ、網膜色素変性の進行を遅らせることを目的とする。
・網膜剥離のリスクが高い網膜下投与ではなく、硝子体投与方法を実用化する。
・導入効率の高いベクター、および導入方法を検討する。
【遺伝子治療研究の現状】
1989年から遺伝子研究が始まり、2012年までに1843件の報告がある。現在は2000件を越えていると思われる。
研究の数は、アメリカ 63%、イギリス 11%、ドイツ 4%、中国 1.4%、韓国 2%、日本 0.5%未満で日本は臨床研究が圧倒的に少ない。
近年、眼科領域での遺伝子治療が注目され、今年のアメリカの遺伝子治療学会では、眼科分野を、別にセクションを作って発表が行われる程に発展してきている。
【眼科分野の遺伝子治療】
2008年に眼科分野で初の遺伝子治療の報告がありました。『レーバー先天黒内障』の治療です。RP65という、網膜色素上皮細胞内で働く酵素を発現させる遺伝子が変異して、酵素が作られなくなっている患者に対して、正常な遺伝子をウイルスを用いて網膜に導入し、RP65タンパクを作るという研究です。
その他に行われている臨床研究は、網膜色素変性、加齢黄班変性、スタアーガルト病、コロイデレミアなどです。
【遺伝子導入の方法】
遺伝子を細胞の中に入れる方法は次々に開発されています。
リン酸カルシウム複合体を作って入れる方法、脂質のリポソームで囲んでいれる方法、マイクロインジェクションと言って、細胞に針を刺して入れる方法、電気で細胞膜に穴を開けて入れる方法、ウイルスを用いる方法があります。
眼科分野では全てウイルスを用いています。カゼを引く時も細胞の中にウイルスが感染します。細胞は他のものが入ってくると攻撃しますが、ウイルスはその攻撃を回避する仕組みをいくつか持っていて、感染して自分の遺伝子を細胞の核まで効率よく運ぶことができます。そのためウイルス感染による遺伝子導入は効率がよいと言えます。
【ウイルスベクターの種類と進歩】
◆レトロウイルス
遺伝子が染色体に組み込まれるため、長期に発現が可能。大量に作ることが容易。欠点は染色体に組み込まれるため、ガン抑制遺伝子に入ると、ガン化しやすくなる可能性がある。また、分裂している細胞のみに遺伝子が入る。神経細胞など非分裂細胞には入らない。
◆HIVウイルス
レトロウイルスの仲間で染色体に入る。非分裂細胞にも入ることができる。欠点は、病原性に対して本当に大丈夫かが問われる。
◆アデノウイルス
一過性の発現にはドンと入れられるが、免疫反応が発生して2〜3週間でなくなってしまう。抗原性があるために免疫細胞に記憶され、何度も遣うことができない。
◆AAVベクター(アデノ随伴ウイルス)
アデノウイルスが細胞に感染している時のみ、AAVベクターが入ると自分自身を複製できる。病原性を持たない。非分裂細胞にも導入できる。欠点は大量生産が難しい。長い遺伝子はベクターに挿入できない。
1〜12までタイプがある。レーバー先天黒内障の治療には、AAVUというベクターが用いられた。
【我々の遺伝子治療】
網膜下投与で1〜12まで全部比較した。5と8が比較的導入高率が高く、視細胞や色素上皮細胞に良く導入されていた。この時は新生血管を抑制する研究で、タンパク質レベルの治療だった。
次に、RNAレベルでの遺伝子治療の概念が現れ、我々もRNAに対して遺伝子導入によって、その発現が50%くらい抑制されることを確認した。これにより、タンパク、RNA両レベルで治療することにより、より効率的なものが作れるのではないかと考えている。
【網膜下投与と硝子体投与】
網膜下への遺伝子導入の利点は、硝子体よりも高い遺伝子導入ができること。欠点としては、打っただけで網膜剥離が生じてしまうこと。まだ実験的な投与方法である。
硝子体投与は網膜剥離が起こらない。また加齢黄班変性や網膜静脈閉塞症の人など、既に臨床で行われている投与方法である。欠点としては導入効率が低いことである。
実際にラットで両方の方法で遺伝子を導入して1年間観察した。そうするとどちらも安定して遺伝子が発現していました。しかし網膜下投与では、8検体中3検体に侵襲による障害が発生していました。さらにグリア系の障害マーカーも上昇していました。
またこの実験により、硝子体投与もウイルスベクターの革新によって、治療に使えることが分かってきました。
【ラットの神経保護】
2009年にAAVベクターの変異型が開発されました。これは導入された遺伝子が壊されないで、効率的に核まで届くというものです。これを各タイプで作って比較したところ、どれも硝子体投与の効率が上がり、特にタイプ2の変異型が良いことが分かりました。これを受けて、硝子体投与による神経栄養因子(BDNF)の効果について、検討する事にしました。
BDNFのウイルスベクターを打ったラットと打たないラットの網膜を虚血させ、一週間後に解析しました。
BDNFは、RNAのレベルでもタンパクのレベルでも発現していました。網膜の内層高を比較したところ、治療群では効率よく神経の保護ができたと考えられます。神経節細胞の数も圧倒的に残っていました。またERGの波形を比べても、優位に保護できていることが分かりました。
すなわち、BDNFを発現するAAVベクターは、ラット網膜一過性虚血モデルの神経保護に有用であると考えられます。
【カニクイザル】
マウスやラットなどの齧歯類(げっしるい)で効いても、大型動物で効かない、ということはよくあります。他のグループでの報告を見ると、サルに対する硝子体投与では黄斑部周囲しか導入できないという報告がありました。原因は内境界膜という硝子体と網膜の間にある膜が、阻害因子になっているのではないかと考えられました。そこでサルに対してこの内境界膜剥離を併用して、遺伝子導入効率をあげられるかどうかを検討しました。
内境界膜剥離を行ったサルでは、100倍から1000倍の遺伝子が入りました。この内境界膜剥離は、黄斑円孔や黄斑浮腫などの治療で行われているものです。
これにより、霊長類でも硝子体手術と内境界膜剥離により、硝子体投与による効率的な遺伝子導入が可能になると考えています。
【今後の研究課題】
今までの研究で使用してきたウイルスベクターは、網膜内層に入りやすいベクターでした。BDNFは内層で発現し外層に進達することが可能でした。しかし網膜色素変性の場合は、視細胞や色素上皮に直接遺伝子導入させる必要があります。
ベクターの種類を増やしたり新しいベクターを開発して、視細胞に入る報告があります。これらのベクターを我々の手法で用いて検証して行く予定です。
また、BDNFは視細胞にはレセプターがないという報告や、グリア系、ミラー細胞で発現することで視細胞に働くという報告もあるので、これらを検証して行く必要があると考えています。