● 人工網膜世界の現況を不二門先生が解説
        〜医療講演会のご報告


支部長 佐々木裕二

   総会後の医療講演会は、「人工網膜世界の現況」と題して、大阪大学大学院教授の不二門 尚(ふじかどたかし)先生の講演をお聞きしました。座長は本年も神奈川支部顧問の国際医療福祉大学教授の高野雅彦(たかのまさひこ)先生にお願いいたしました。
 講演では人工網膜を手術した患者の検査映像やコメントなどを交えつつ、安全性を確認しながらアメリカやドイツの方法とは違った日本独自の方法を作り上げてきた現在までの過程と、課題、これからの目標について話されました。まだ、実用段階とは言えませんが、残念ながら視力を失ってしまった患者が、自分の視力で物を認識できるようになる事実は大きな希望であると感じました。
  写真 丁寧に質問に答える不二門先生(左)、座長は高野先生

【講演概要】
<人工網膜>
 人工網膜というのはかなり工学的な道具でどちらかと言えば工学部や電機メーカーと協力してやっていく視覚再生の方法です。BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)といいます。
 身体の外のカメラで風景を取り入れ、信号を処理したうえで電波で送信します。皮下の装置で受信した信号はケーブルを介して眼球の白目に入れた電極に伝わり網膜を刺激して光が見えます。
 どんな物が見えるかというと、白黒の世界でドット(点)の集合で見えるようになります。電光掲示板のように輪郭がドットの集まりで表示されます。これは元々の見え方とは随分違うので触ってこういう物がこう見えるという学習をするトレーニング、リハビリテーションが必要になります。

<アメリカとドイツの状況>
 アメリカは電極を網膜の上に置く方法でかなり良いところまでいっています。ドイツのグループは網膜の下に置く方法で頑張っています。我々はちょっと違う方法を開発しました。白目の中に電極を入れる方式です。メリットは網膜に直接電極が接しないので安全性が高いことと広い範囲を刺激できるということです。デメリットは網膜から遠いので分解能が低いのではないかと指摘されています。
 アメリカはセカンドサイトという会社を立ち上げてアルガスツーという人工網膜のシステムを臨床応用するところまで来ています。60極の電極を30名の患者に2年間弱植えて、うまくいった症例では、遠くのドアの位置を確認してそこまで歩行できたり、近くでは顔を動かしながらアルファベットが読めたりするところまでいっています。ヨーロッパで認可が下り、アメリカでは800万円で売り出しています。しかし、網膜に直接接するタイプなので合併症が起きやすく、眼内炎が10%、低眼圧症などもあるようです。
 ドイツのグループは1500個の電極を網膜の下に3〜6ヶ月埋め込んで6名中5名で非常に良い結果が出ています。最も良い結果の出た患者ではアメリカよりかなりパフォーマンスが良く、視力が0.02まで測れた、ナイフとフォークの違いが分かる、コーラの入ったコップと水の入ったコップの違いが分かる、公園で歩いてくる鳥を目で追うことができた、などと報告されています。条件の良い患者さんに適用すればかなり日常生活を改善できることを示しています。

<日本の研究>
 我々は2001年から始めましたが、目の前の指の数が分かるくらいの人工視覚をまず動物モデルで達成し、10年以内に第一号機を開発するということを目標に掲げました。
 最初は小さなラットで始め、ウサギ、イヌを使って安全性・有効性を確かめて人間の臨床試験に入るというステップを踏んできました。

<急性臨床試験>
 手術場だけで電極を入れて光を見る試験を行い、終わったら取り出す方法です。大きな機械からケーブルを引いていました。
 2005年と2008年に行い、患者さんの視力は光覚弁から手動弁程度の非常に進行した人4名の協力を得て行いました。この内3名はJRPSの会員の方です。最初の患者さんは自分がこの試験によってすごくメリットを受けることはない訳ですが、「それでもこういうステップを踏んでいくことによって次の世代が恩恵を受けたら積極的に協力します」と言っていただき本当に感謝しています。
 まず目の中で電流を流すと見える場所を探します、白目の所にそういう場所を見つけたら強膜にトンネルを掘ってポケットを作り電極を入れます。もう一つの電極は硝子体という目の真ん中に入れます。そして真ん中の電極とポケットの電極の間で電気を流すと網膜が刺激されて光を感じる。こういう方法です。
 最初に協力していただいた男性は66歳で右が光覚弁、左は視力ゼロの方でした。50歳頃から手動弁でかなり進んだ方です。9極の内4極で反応がありました。どういう見え方をしたかということをちょっと聞いてみましょう。(試験の録音が再生される)
 先生「行きます」ピー、患者さん「目の内側ですわ、真ん中ぐらいからちょっと上ぐらいにチカッと…」先生「大きさは?」患者「パチンコ玉くらいかな。」
 次の患者さんは9極中3極しか反応がなかったんですが、2つの電極を刺激したらどう見えるかを聞いてみました。
 先生「行きます」ピー、患者さん「真ん中の上の方です」 先生「2つ見えましたか?」患者さん「2つという感じではないです、もう1回やって下さい」 先生「もう1回いきます」ピー、患者さん「うーん、そやなー、上から下の方にヒョウタンみたいな感じで…」
 もう一人の男性は手動弁で少し視力が良く、9極の内7極で反応がありました。あと一人は3つの電極をまとめて刺激してやっと見える状態で反応がよくありませんでした。
 どういう患者さんが電極の反応が良いか調べてみると、手術の前に電極の付いたコンタクトレンズを載せて刺激して光を感じるかどうかという検査をしています。これで沢山の電気を流さないと見えない人は残っている神経が少ない。これを一つの選択基準にしています。

<亜急性臨床試験>
 身体の中に埋め込んで電波で信号を飛ばす方法で、患者さんは動くことができます。1ヶ月間埋め込みました。昨年4月と6月、2人の患者さんに行いました。そのうち一人はJRPSの会員さんです。
 さてどういう臨床試験を行ったかというと、目の前の白い棒の位置が分かるか、棒の太さの違いが分かるか、棒の上下、左右の動きが分かるか、棒を掴むことができるか? というものです。棒の位置や太さの違いはどちらの患者さんも分かりましたが、動きは年齢の若い患者さんの方が良く分かっていました。棒を掴む動作は若い患者さんだけで行いました。試験の様子の映像が流れ、頭を振って棒を探し手で掴む様子が映しだされました。

<第二世代>
 次の世代では何とか歩行に役に立ち、アルファベットのAくらいは分かるくらいを目指して作っています。49極の電極を作って2年後くらいに臨床試験をやりたいと思っています。今の電極の限界を超えるには小さな電極で沢山電気を流せるようなものにしないといけない。それと、今9極で終わっている理由はケーブルの数を増やすことができない、増やすと太くなりすぎて目の周りを回すことができない。それでマルチプレッサーという装置で少ないケーブルで49極を制御できるよう次の世代では考えています。また、実用化に向けてリハビリテーションについても考えています。しかし、進んだ患者さんは第二世代でも適用にならないので数年後には脳刺激型電極、網膜ではなく、大脳を刺激することによって視覚を回復する方法を大阪大学でもやろうと考えています。

<今後の方向性>
 次に保険で適用になるようにしないと本当の意味で普及しないわけです。そのためには治験をやらないと行けない。これは非常に大変なことでどうやって乗り越えるかという課題が次にあります。今のままで行くとメーカー側がかなり費用を負担しないといけない。アメリカのアーガスツーは800万円だがそこまで高くないとしても300万円は掛かってしまう。それを100例とかやっていたらメーカーはとってもやっていられませんから、10名程度やって保険医療に持って行ければ一番いいかなと思っています。
 製品化するまでには結構ハードルがあるわけです。早期産業化に向けては患者さんの声があると随分違うと思うので応援して下さい。

 ***この医療講演会は
     「NHK歳末たすけあい」の配分金により実施しました***