●医療講演会の報告
 網膜色素変性〜京都大学眼科の取り組み

佐々木 裕二

 定期総会の後、「網膜色素変性 京都大学眼科の取り組み」と題して京都大学眼科助教・大谷篤史(おおたにあつし)先生の講演をお聞きしました。参加者は106名、会場は満杯、立ち見の状態で先生の研究に対する期待の大きさを感じさせるものでした。以下概要をお伝えしますが、詳しくは講演録を発行しますのでそちらにご期待下さい。

【講演概要】
 元々僕は血管病、例えば糖尿病網膜症とか加齢性黄班変性の研究をしていたんです。その血管を研究する過程で、今まで言われていなかった神経を治療する方法を見つけることができたんですね。他の分野から入ったので誰もやっていないようなことができたんです。

 治療には、再生医療や人工網膜などの機能回復法と神経保護や栄養因子などの進行抑制の方法があります。僕の話は進行抑制です。

 骨髄の細胞から血管が再生される、という報告を聞いて色素変性症は血管が狭小するので骨髄の細胞を眼に打った、そうしたら、血管が治るだけでなく神経の変性が遅くなることを発見したんです。

 マウスで1回打つだけで、1ヶ月で細胞が無くなってしまうものが、6ヶ月以上もった。元々骨髄細胞が眼と関係あるのではないかと思い調べてみると、眼の中には骨髄由来の細胞がいっぱいあることが分かった。調べてみるとマイクログリアと言われるマクロファージの一種でした。

 これは眼の中でいったい何をしているのか? 眼に来ないように工夫すると神経細胞死が加速することが分かった。もしかしたら骨髄細胞は神経細胞死を防いでいてくれたんではないかと分かってきた。

 色素変性症の多くは杆体(かんたい)細胞の遺伝子に異常があって死んでしまう。そして杆体細胞が死んでしまうと、その影響で錐体(すいたい)細胞まで死んでしまう。錐体細胞を生かしていたのが骨髄由来細胞であろう。骨髄由来細胞が無くなってしまうと錐体細胞もすぐさま死んでしまう。

 例えば視野角5度しかない人でも視力1.2という人は沢山います。そういう方は錐体細胞がきちっと残っている方達です。僕らの治療は皆さんをそういう風にしたいというものです。60歳または80歳くらいまで錐体細胞の機能を残しておきたい。そうすると視野は減るのはしょうがないとして、文字は見えるし人の顔も見える、そういう生活は何とか維持できる。まずそれを目指そう、というものです。

Save the cone(セーブ・ザ・コーン=錐体細胞を守ろう)
 遺伝子異常がなく二次的に死んでしまう錐体細胞をまず救おう。ではどうするか? 骨髄移植するか? そうではない。眼に来ている骨髄細胞の機能を上げる事を考えた。

 加齢、生活習慣(タバコ、ストレスなど)で機能が落ちている。そこで試したのが、G−CSF(骨髄移植に使っている薬)とエリスロポエチン(貧血の薬)。そうすると骨髄細胞の機能がかなり上がった。マウスで試したところ、投与しないものは網膜電図がフラットになるのに対し、投与したものははっきりと波が現れていた。つまり骨髄移植しなくても薬だけで行けるのではないかということにたどり着いた。

 色素変性症の方と別の眼の病気の人と骨髄機能を調べたら、色素変性症の方が機能が落ちていた。原因はまだ分からない。もしかするとストレスによるものかも知れないし、病気の何か別のメカニズムによるものかも知れない。そうすると、機能を上げようとすることの意義が出てくる。つまり、ドーピングのように普通の人よりかなり高く上げようというのは副作用もあるが、落ちているものを上げて元に戻すということは普通にするということで意義があるし副作用の問題も少ないのではないかと考えられる。

低線量率放射線
 マウスの頭に鉛をのせて放射線を打つが、そのマウスの中になかなか神経細胞が死なないものが出てきた。きれいだった。これは何かと調べてみると、ある強さの放射線である時間だけ照射したらボンと効果が上がることが分かった。偶然とか何でもそうなる、というものでない。ある線量率で最高の効果が出る、生物化学的効果であることが分かった。

 やはりここでも救われるのは錐体細胞だった。この利点は、かなり低線量率なので身体に異常が起きないと考えられること、必要な部位だけに照射できること、左右別々にできることである。今後は長期的効果を確かめる必要がある。

効果の検証方法
 慢性病の場合は、同じ人が2人いて10年後にこっちは飲んだ人、こっちは飲まなかった人がいて、比べられればいいんですけどそんなことできません。だから、ある薬が効いたか効いていなかったかなんて、すぐに症状が治る病気でない限り分からないんです。そこが大きな問題です。

 ではどうするかというと、進行状態を使用前、使用後で比べるしかない。そのためにはちゃんとした検査データを持っていないといけない。ところが今まで治療を考えていなかったのでそれが成されていません。

 現在、固有の進行速度を求めようということをしています。やり方は、山梨医大の飯島教授が10年くらい前に発表した方法を応用しています。

 ハンフリー視野計の10度のプログラムを使って計測すると色素変性症の患者さんにMD値の推移の線が現れます。検査が上手な人ならばきれいに直線で現れます。

 10度というのは遺伝子異常のない錐体細胞の機能を現すので、僕らの治療を反映できるプログラムです。これを使ってあるところで治療を介入した場合、そこから直線がどう変わるかが見えてきます。それで効いたか効かなかったかの微妙な差をとらえられるのではないかと考えています。

 色素変性症の治験というのは5年かかるのではないかと言われています。普通薬の治験というのは1年で終わってしまいます。5年もかかったらその製薬会社はつぶれてしまいます。それくらいお金がかかります。このシステムを使うと120人で2年間で効果が判定できる可能性があると考えています。ですから皆さんちゃんと検査を受けておいてください。

 治療を一刻も早く受けたい、という気持ちは分かります。薬も放射線もやろうと思えばできます。しかし、それだけで終わってしまいます。効いたのか効かなかったのかも分かりません。認められていない段階でやれば私は闇医者になってしまい、にっちもさっちもゆかなくなってしまいます。それは研究としても治療としてもです。ちゃんと効果を検証し、ちゃんと認められてからやろうと思っています。フライングはしません、すぐにやってあげたい気持ちはありますが、全体の利益を考えるとそうなります。それは本気だということです。

*この医療講演会と講演録の発行は、神奈川新聞歳末助け合いの配分金により実施しています。