●平成20年度 医療講演会の報告

支部長・佐々木裕二

●医療後援会の報告
 総会に引き続き開催した医療講演会は、「チャネルロドプシンを用いた視覚再生の現状と今後の課題」と題して、東北大学融合領域研究所の富田浩史准教授に講演していただきました。

 座長の高野雅彦准教授(北里大学医学部眼科)に紹介されて演題に立った富田先生は「テレビや新聞では問題点を報道してくれないので、このような機会を持てたことは大変ありがたいことです」と話し始められました。以下講演内容をまとめました。

○緑藻遺伝子を用いた視覚再生のしくみ
 人工眼の研究を行ってきたが、解像度が上がらない問題を感じてそれに代わる視覚再生の方法を探していた。そこにドイツのグループが光を受け取る緑藻類(りょくそうるい)の遺伝子を発見し、これはいけると2005年から取り組んできた。

 網膜色素変性症は光の情報を最初に受け取る視細胞がなくなって光を感じられなくなるが、他の細胞はほとんど正常に近く残っている。ミドリムシに似ているクラミドモナスという緑藻類は光に集まって光合成をしてエネルギーを作って生きている。光のあるところに集まるということは光を感じる能力があるということで長年研究され、チャネルロドプシンというタンパク質が光を感じている事が分かった。このチャネルロドプシンを神経節細胞に入れることで、視細胞がなくなっても光を受け取って情報を脳に届けてくれるシステムが作れるのではないかと考えた。

 実験では視細胞がなくなったラットの眼の中にアデノ随伴ウイルスというベクターを使ってチャネルロドプシンを作る遺伝子を導入した。遺伝子が入って目的のタンパク質がどれくらい出来たかを数えると、1回の導入で28万個の神経節細胞からタンパク質が作られていることが分かった。人工眼は16〜1000画素であるが、この方法だと1回で28万画素の情報量になると考えられる。

 本当に見えているかどうかを確認するために、光が当たった時の脳波の測定を行うと、全く平坦だった脳波が遺伝子を導入しタンパク質が作られる6週間後には光に反応する脳波が観察された。また、映像として見えているかを検査するために回転する青と黒の縞模様を見せると、縞模様を追って首を動かす動作が確認された。

○問題点
@チャネルロドプシンの機能の問題
 ・青色しか感じることができないので赤や緑のものが見えない。
 映像を青色に変えるメガネを開発した。色は分からないが物の形は見える。また機械を使わずに、赤が見えるタンパク質や緑が見えるタンパク質を作る研究を進めていて緑はほぼ作ることに成功している。
 ・光感受性が低い。少し暗いだけで何も見えない。
  チャネルロドプシンに修飾を加えて、夜行性動物の目のように光を反射してもう一度感じるようにしほぼ解決している。

A人への応用の問題
 もともと人の体内に無いタンパク質なので排除されて無くなってしまう可能性があると指摘されている。しかし、ラットでは1年半経っても視力は維持されている。

 また、血液の成分検査では手術をして10日間は炎症反応があるが、その後は正常値のままである。

B遺伝子治療の問題
 ・ガンなど副作用の可能性があるため厳しく制限されている。
 制約が多い。しかし、視覚障害は平成14年に遺伝子治療の対象疾患として認められている。
 ・開発資金がかかる。
 有効性と安全性を確認する実験動物のサルは1頭70万円もする。昨年JRPSから頂いた100万円で1頭買うことができたが10頭は必要。 また、研究室で数千円で作れる薬が正式な試験薬として作るには3000万円もかかってしまう。今年国に研究費申請をして書類審査を通って呼ばれてお話しをしたが、私のような歳ではなかなか大きな予算は採択されない。
 ・評価方法が確立していない。
 「現時点の最高の治験に基づいて行われることが必要である」のように記述されているため科学は進歩するので毎年変わってしまう。

★安心情報
 遺伝子治療が厳しい原因はガンなど副作用が現実に起こったためであるが、我々の使っているアデノ随伴ウイルスベクターはゲノムにはほとんど組み込まれず、外で働くためガン抑制遺伝子を壊してしまう可能性が非常に少ない。つまりガンを発生する可能性が極めて少ないと考えられている。

○世界の動向(米国で開かれた学会に参加して)
 人工網膜が主流である。新しいところでは、脳の視覚野に電極を埋め込んで見えるようにしようとする研究が発表されていた。

 私たちと同じ緑藻遺伝子の研究はスイスのグループが基礎的な研究を発表していただけだが、非常に驚いたのはドイツの人工網膜を研究していた大きなグループが大きな国家予算を取ったらしく、人工網膜も続けるが緑藻遺伝子の研究も始めると発表していた。臨床応用が早まることが期待される。     以上