横須賀市・内田 知
ウッチャンの住んでいるのは横須賀。横浜・東京へと都会に出るためには、京急線かＪＲ横須賀線のどちらかを利用する。その中の一つ、ＪＲの場合は、横須賀線の終着駅久里浜が、都会に出るためのスタートとなる駅なのです。
通勤時間帯以外は、１時間に３本の発着がある。まぁまぁの本数なのだが、電車が到着した後、次の発車まで２０分近くあるのです。
当然のことながら、発車までドアは開きっぱなしで停車している。穏やかでここちよい風が、車内を流れる日もあれば、北風ピューピュー、寒さに耐えながら発車を待つ季節もある。言わば、良きも悪きも、いなかの駅なのである。
そんな駅に、ウッチャン親子の姿があった。いなかの駅に、できたばかりのエレベーターでホームへ。電車に乗り込み、発車を待つ二人。「となりのホームに、電車がないから、この電車が出るまで時間がありそうだね」の母親の言葉に、「そうなんだ」と返事をするウッチャン。すると、「チョット見てくる」と、座席から腰を上げるオフクロサン。これに、「いいから座ってな」と言ったウッチャンの言葉を聞かずに電車を降りて時刻表を見にホームへ。
そして、「電車が出るまで１５分もある」と言いながら戻ってきた母親に、「そう」と愛想なく答えるウッチャン。それもそのはず、ウッチャンの頭の中はこれから行く歯医者の治療が気になって、オフクロサンの相手をする気になれなかったのです。
車内にハトが侵入…
ウッチャンのとなりに腰をおろすオフクロサン。何が気になるのかじっと座っていない。キョロキョロと首を動かして外を見ている。
視覚障害者と言えども、となりに座っている人間が、じっとしているかしてないかぐらいはわかるもんです。こうなると、なんでじっとしてないか気になるウッチャン。「どうしたの」と尋ねると、「ハトがイッパイいる」と答えるオフクロサン。これに、「野性化したハトが増えてたいへんだって聞いたことがある」と話すと、オフクロサンが、「そうなの、それにしてもスゴイ数だよ」と返事をした。
これに、「スゴイのはわかったから、じっと座ってなよ。子供じゃないんだから」と話すウッチャンだった。
すると、「悪かったねぇ」と、ぶっきらぼうに返事をしたオフクロサン。これで、おとなしくしているだろうと思ったウッチャンだったが、今度は「シッシッ」と、何かをおいたてるような声を上げたと思ったら座席から身を乗り出すようにして、電車の床を足でトントンとたたきだしたのである。
おとなしくしてない母親に、うんざりしながら「何やってんだよ」と声をかけると、「電車の中にハトが入ってきた」と答えるオフクロサン。「ほっとけばいいじゃん」と言うと、「ドアが閉まったらたいへんでしょ」の返事。「たいへんなのはハトで、おれたちじゃないんだから」と言い返すウッチャンに、「でもね」と言いながら、懲りずに「シッシッ」と声を出しながら足をトントンさせている母親にあきれるしかなかった。
ハトに敵意むき出しのウッチャン
だがこの後、ウッチャンは母親に負けない行動と言葉を発することになる。それは、「お兄ちゃん、最近のハトはすごいよ。驚いて動くどころか、こっちを見てる」の母親の言葉だった。
それを聞いて、（ハトに、にらまれて驚いてやんの）と思いながら笑うウッチャン。そして、「ハトは、どのへんにいるの」と母親に聞くと「お兄ちゃんの右斜め前」と答えた。「どのくらい離れてる」と聞き返すと「１メートルちょっと」の返事に、持っていた白杖をその方向へのばしてトントンとたたいたのである。
「これでいなくなったろう」と聞くと「ううん、ピクリともしないよ。それより今度は、お兄ちゃんの方を見てる」と母親に言われたのである。
その言葉に、（ハトの分際で、オレ様にガンを飛ばすとはいい度胸じゃんか）と、たかがハトに敵意むき出しになって白杖を今度は強くトントンとたたき始めた。それを見て、今度はオフクロサンが、あきれるように「お兄ちゃん、もうやめなさい。誰かが杖にひっかかって転んだらどうするの」と言ったのです。
杖をひっこめる事には、「わかった」と従ったウッチャンだったが気持ちは納まらない。と言うより、なんでそんな気持ちになれるのか不思議である。この不思議な性格のウッチャンは、ハトに向かって「テメェ、キップ持ってんのか。ただ乗りなんかしやがったらつかまえてヤキトリにして食っちゃうからな」と言ったのです。それも、チト大きな声でである。
これには、「何をバカなことを言ってんの。それも大きな声で」とウッチャンをたしなめながらも、「アレ、今の一言でハトが外へ行ったよ」と驚いたように、言葉を続けたオフクロサンだった。
その言葉に、「当然だろう。ヤキトリにはなりたくないだろうからな」と、勝ち誇ったように答えるウッチャンだった。だが、この時のハトが言葉をしゃべれたら、ウッチャンにこう言うだろう。
「歯医者で、痛い目にあって泣くがいい」と。
この勝負、勝ったのは果たしてどっちか。