●アンドーナツ(コシアンVSツブアン)

横須賀市・内田 知

 美食家でもなく食通でもない。どちらかと言えば、味オンチのウッチャン。だが、なぜかこれだけはとこだわる味覚がある。今回は、そんなウッチャンの話です。

 ある日の昼下がり、ウッチャンとオフクロサン、それに妹の3人がパン屋さんにいた。オフクロサンと妹は、「これおいしそう」「こんなのがある。ためしに買ってみる?」などと会話しながらパンを選んでいた。

 ウッチャンと言えば、妹の腕につかまって黙って歩いている。顔も態度も不機嫌そのものなのだ。実は、店に入った時は、ニコニコしていたのです。ウッチャンが、店員にある事を尋ねるまでは。さて、店員に何を尋ねたのか。

 ウッチャン 「アンドーナツありますか」
 店員 「ありますよ」
 ウッチャン 「中身のあんこは○○ですか?」
 店員 「いいえ、××です」

 この会話の後、不機嫌になってしまったのである。妹に、「他においしそうなパンあるから」とアンドーナツ以外のパンを説明されても、「いらない」と返事をするばかり。2人の会話を見かねたオフクロサンが「お兄ちゃん、せっかくかんなが言ってくれてんだから…」となだめるように、ウッチャンに声をかけた。すると、ウッチャンはぶっきらぼうに、「食パンでいい」と一言。「食パンはもう持っているよ。他は?」と聞き返すオフクロサンに「他はいらない」と返事をする。

 ここまで言われたら誰でも、ホットケって気持ちになるだろう。結果、2人に相手にされなくなる。帰宅後も、パン店での態度が大人げないと2人に攻められる。しかし、「アンドーナツに、××を使うようなパン店のパンを食べてもうまくないに決まってる」と言い切る。これを聞いて「そこまで言わなくても…」とオフクロサン。それに対しても「いや、おれは認めない」とガンコな一言を口にするウッチャンなのでした。

 2人の会話を笑いながら聞いていた妹が「確かに、浜田のパンのアンドーナツは○○だし、おいしいもんねぇ」と言ったのです。すると、「ダロ!ダロ!、そんで他のパンもおいしいだろう、コロッケパンなんかサイコーだよな」とウッチャン。この言葉に、妹が「そう言えば、お兄ちゃんアンドーナツとコロッケパン以外は、あまり買わないね」と言ってきた。ウマイ!このツッコミとも言える疑問に、ウッチャンはどう反応するのか。

 「全く買わないわけじゃないだろう。他のパンだっておいしいからね。
 ただ、イチにアンドーナツ。ニにコロッケパン。この2つでお腹イッパイになるから…」と答え、言葉を続けようとした時、それを制するように「そんなに力いれて話さなくても」のオフクロサンの一言に、「別に力入れて話してないよ。とにかく、アンドーナツに○○を使わないパン店が多すぎる。パンに合うあんこは○○なんだよ。ソコントコがわかってない店のパンはおいしくないの。浜田のパン店は、この道40年って老舗だよ。そこが、今でもおいしくて人気があるのは、パンに合うあんこのなんたるかを知っている店だからなんだよ」

 ここまで話して、目の前のお茶をグイッと飲んだウッチャン。そして、自ら「ウーン、話に力が入ってしまったなぁ」と一言。もちろん、これにはそばで聞いていた2人は大笑いしました。

おまんじゅうの中身は?
 さて、時は変わって、ある日のウッチャンの家の勝手口。オフクロサンと近所のおばあちゃんが何やら話をしている。オフクロサンは、恐縮しながら何かを受け取った。受け取ったのは、おばあちゃんがどこかに行って、買って来てくれたおみやげ。RPのためか難聴の気もあるウッチャン。普段は聞こえないはずの勝手口での会話。だが、なぜか聞こえたおみやげと言う声。部屋を飛び出し台所へ。そして、「何もらったの」とオフクロサンに聞いた。

 「何って、おまんじゅうみたい」の返事にウッチャンの眼がキラリ。早速、食べようと箱を開ける。そして、「中身のあんこはなに?」と聞いてくるウッチャンに黙っておまんじゅうを手渡すオフクロサン。渡されたウッチャンは、ムッとしながら「中身は?って聞いてるじゃんか」と言った。すると「食べてみればわかるでしょ」の返事。「食べてからわかっても意味がないじゃんか」と強い口調で言い返すウッチャンに「中はあんこなんだから…」とカルーイ返事をしたオフクロサン。もうだめです。ウッチャンの顔は鬼になりそう。

 「食べて、中が××だったらどうすんだよ」と、またまた強い口調で言うと、またまたカルーイ口調で「××はキライだったっけ」と言葉を返すオフクロサン。これで、完全にキレてしまったウッチャン。がしかし、冷静にコシアンとツブアンの違いを説明して、○○だったら食べるが、××だったら食べないと話したのである。

 すると、「同じあんこなのに、何が気に入らないのかねぇ」と独り言のようにつぶやいたオフクロサン。それを聞いて、(今、違いを説明したろうが)と心の中で叫ぶウッチャンでした。

 そして、ここまで来たら話をするより中身を見た方が早いと、おまんじゅうを二つに割ると、「オフクロ、どっち」とおまんじゅうをオフクロサンの方へ向けた。すると、「○○」の返事。その言葉に、今までの会話がなかったような嬉しそうな顔をしておまんじゅうをパクリ。満足げの顔のウッチャン。いやそうではない。眉を傾げ、眼はつり上がり、パクリとしたおまんじゅうをつらそうに2、3度かむと一気に飲み込んだ。

 その後、「○○じゃないじゃんかぁ」と、ウッチャンは叫ぶような声を発した。これにはビックリして、「エ、違うの」と首を傾げるオフクロサンに、ここはもう一度、冷静にならなければと、怒りを抑えながら話をするウッチャンだった。

 コシアンとツブアンの違いを改めて説明。でもって、自分が○○だと言ったのは、○○ではなく××だったと話した。それを、真剣に聞くオフクロサン。だが、聞き終えた後に「そうだったっけ」と言ったのです。

 この言葉に、ウッチャンは力尽きてしまった。(もういい、そうだったっけ)は聞きたくないと思いながら大きくため息をついた。

ウッチャンがパン好きの理由
 ところで、ここまでの話でウッチャンは、甘党だと思った人もいるだろう。しかし、甘党ではないんです。甘いものも食べはしますが、お酒を飲む人ですからね。できれば、甘いものは避ける方なんです。ただ、食べるなら○○のあんこが好きなのです。

 さて、最初にパン店での話がありましたが、ウッチャンは朝食はトースト、昼食はサンドウイッチ。夕食までの繋ぎのおやつは菓子パン。と言うぐらいパン好きなのです。

 なぜそうなったのか。話はウッチャンの子供の頃に遡る。朝食は、ご飯にみそ汁。でもって、おかずはその時のあり合わせですませる、ってのが普通だった時代。そこへ登場したのが、トースターなる代物。食パンを2枚、縦に入れる。そして、レバーを下に下ろす。待つこと数分。ガッチャンと聞こえるような音とともに、食パンが跳ね上がるようにして飛び出してくる。それもこんがりと焼き上がってなのだ。でもって、バターを塗って食べたり、イチゴジャムやピーナツクリームなんてのを塗って食べる。味もサイコーなのだが、ウッチャンにとっては、食べるまでの工程が楽しくてしょうがなかったのである。

 そんな頃、ウッチャンの家から、子供の足で15分ほどかかる場所にパン店があったのです。それも、自家製のパンを作っているお店でした。

 そう、ウッチャンが熱弁をふるった浜田と言うパン店です。店内に入ると、できたてのパンの匂(にお)い。あの独特なおいしい匂いがしてくる。たまにしか行かない事もあって、買い物帰りにパン店に寄って帰ろうかなんて話になると、もう心の中はスキップ状態のウッチャンでした。

 そんな気分で、母親とパン店に行ったある日。見慣れないパンを見つけたのです。カレーパンのようでそうではないようなパン。ウインドーに、眼を近づけのぞき込むと、アンドーナツと書いてあった。そこで、確かめるように、「お母さん、この間来た時にはなかったパンがあるよ」と母親に声をかけた。それを聞いて、「どれどれ」とウインドーを見て「ホントだね。アンドーナツってパンみたいだよ」と母親が言うと「ドーナツって真ん中に穴が空いてるのだよね。これ、穴が空いてないよ」と聞くウッチャンに、どう答えていいかわからない母親は、「お店の人に聞いてみたら」と逃げの一言。そんな会話を聞いていた店のおばさんが、営業スマイルでウッチャンに声をかけアンドーナツの説明をしてくれたのでした。

 それを聞いても理解できなかったウッチャンだったが、興味は膨らんだのです。あんパンのようであんパンじゃない。でも、あんパンと同じようにあんこが入っている。おまけに、パンの周りにお砂糖がまぶしてある。カレーパンのような色をしているのに、味は辛くない。逆に甘いのだ。その甘さは、砂糖とあんこの二段構え。こうなると、食べてみたいとなる。

 なんとかねだって買ってもらい家に帰る。家に着けば、すぐにでも食べたい。で早速パクリと一口。口の中に、なんとも言えない甘さが広がる。最初の一口で、アンドーナツの虜になってしまったウッチャン。なんと言っても、あんパンのようにあんこの部分を食べてしまった後の味気なさがない。最後まで甘さを味わえるのだ。これが、ウッチャンにはサイコーだったのである。この時を境に、ウッチャンにとって、パンと言えばアンドーナツとなったのです。

 そして、この時のアンドーナツの中身が○○だった。その結果、食べ物に使われるあんこは、××より○○の方がおいしい、と言う価値観をウッチャンに与えてしまったのである。だから、高級和菓子と言っても、おいしいと有名なお店の商品でも××が使われていたらおいしいとは思わないし認めない。

 ウッチャンには、コシアンとツブアンとなれば、絶対に○○なのだ。
 つまり、ウッチャンへのおみやげは、○○のアンドーナツ。そして、おとなしくさせたり言うことをきかせたかったら、○○のアンドーナツを眼の前に置けばいいのです。

 以上、今回の話はここまで…。
 てなわけにはいきませんよね。落書きファンのみなさん、お待たせしました。ウッチャンのこだわりつづけて来た好きなあんこは、コシアンで〜す。