ライトホームは、神奈川リハビリセンターの敷地内にある7階建ての建物の3階にある。1階は、職員事務所の他、来訪者の相談室、会議室などがある。その他、視覚障害以外の障害者が利用する大浴場が設置されている。2階は、ライトホームの訓練室と、4階から7階までにある更生ホームに入所している障害者たちの食堂と娯楽室のような部屋がある。
更生ホームとは、視覚以外の障害者のための社会復帰とリハビリをかねた施設なのである。ライトホームが、中途視覚障害者が多いように、更生ホームも事故や突然の病の発病によって身体のどこかに障害を背負う事になった中途障害者が入所しているのである。
そんな更生ホームの障害者たちは、夕食や入浴をすませた後、夕方6時を過ぎた頃、1階に集まってくる。ドリンクの自動販売機があるし、3〜4人は座れるソファーに、チョットしたテーブルがある。そして、1階となれば職員やリハビリ関係者の出入りも多く、話しかけたりかけられたりする。ひまつぶしするには一番の場所なのである。
そこへ内田の行方を捜すために動き出した、ライトホームの入所者たちが現れた。メンバーは、マサオと加藤のおじさん2人と、京子チャンとアキチャンの女の子の4人である。内田を心配しての行動だが、どこか楽しげに会話しながら階段を下りて来た。その姿を見かけた更生ホームの入所者が声をかけた。「みんなそろってドコ行くの? コンビニ行くならおみやげよろしくね」
その声に、「オッ!ヤマチャンか、ちょうどいいや」と返事をしながら声の方向に近づいて行くマサオ。その後につづく、ライトホームの面々。ソファーの周りには、4〜5人ほどの更生ホームのメンバーがいた。
ソファーに座っているのは、マサオたちに声をかけたヤマチャンと言う男だった。頭はカクガリ、十代の頃は、それなりのワルサをしていただろうと思われる風貌の男である。ソファーの前まで来ると、マサオがヤマチャンに尋ねた。
「今日ウッチャンに会った?」。「ウッチャン、また何かやったの」と身を乗り出して聞き返すヤマチャン。これには、苦笑いしながら、「アノナー、おれはウッチャンに会ったかって聞いてんだよ。なんだその、また何かやったのってのは」
「エッ、だってしょうがないよ。ウッチャンはって聞かれたら、みんなウッチャン、また何かやらかしたのかって、思ちゃうよ。ナァ」と周りにいる仲間に同意を求めるように返事をした。すると、ホトンドが「そうそう」と笑いながら声を上げたのである。
自分も苦笑しながらも、そんな笑いを遮るように、加藤が事の次第を説明した。「どっか遊びに行ってるんじゃないの?」と誰かが答えた。それに、「おれもそう思うんだけど、一人暮らし始めてまだ2ヶ月ぐらいだからな。いくらウッチャンでも、そう簡単に遊びに行けるようなトコ見つけられないよ」と話すマサオ。「ソンジャ、買い物に駅の方まで行ってるとか」などなど、あれこれ推測して話し始めるライトホームと更生ホームの入所者たちであった。
しかし、時折、笑いが起こる。内田を心配しての会話とは感じられない。話は横道にズレ、内田がドコにいるのかではなく、今までどんな人騒がせな事をしたかの話で盛り上がっていた。そんな中、エレベーターが開き、車イスの外国人が降りてきた。そして、楽しげに会話している仲間に近寄りながら、声をかけてきた。
「コンバンワ、ミナサン、タノシソウデスネェ。ナニカオモシロイコト、アッタノデスカ」。その声に、「池チャンとはるチャンが「アイラサン、コンバンワ」と返事をした。日本の施設に、外国人となれば、更生ホームのみならず、リハビリセンターではチョットした有名人。車イスに座っていても、立ち上がればヘビー級の体格のアメリカ人である。
むろんライトホームの面々とも顔なじみ。挨拶もソコソコに、内田の事を尋ねるマサオ。返事はノーであった。そんな中、アキチャンが、何かに気がついたように時間を確認、「そろそろ、次へ行かないと」の言葉に、「だね、佐山さんが待ってるから」と京子チャン。
すると、「次って?」とイワチャンが尋ねた。これに、「ウッチャン、病院の方にも知り合いいるだろ、時々、病室に遊びに行くって言ってたからな。そっちにも行ってみようと思ってさ」とマサオが答えた。「そんじゃ、おれも付き合う。入院してるヤツで、ウッチャンの事を知ってるの、おれもわかるから」とヤマチャン。これに、アイラが「ワタシモ」と反応したのである。
そして、この反応にその場にいたメンバーが、「おれも、おれも」と言い出したのである。「ヘェ、なんだかんだ言って、みんなウッチャンのこと、心配なんだぁ」と感心しながらアキチャン。「それもある」とすかさずヤマチャンの返事。「それもあるって、他に何があるの」と聞き返すアキチャン。これに笑いながら「アキチャンと同じだよ」と返事をするヤマチャン。
すると思わず「なんだ、ひまつぶしか」と口にした。これに「思っててもそんなこと言っちゃだめ」と、アキチャンにたしなめるように声をかける京子チャンだった。だが、「モウ、オソイトオモイマス」とアイラの爆笑しながらの返事に周囲も大爆笑。こうなると、内田の行方を知っている者を探しに行くと言うより、ひまつぶしで動き出す視覚障害者4名に車イス4〜5名の障害者軍団。車イスのヤマチャンの肩に手を添えて歩くアキチャンを先頭に、病院へとつづく渡り廊下を進んで行くのであった。
その頃、ライトホームの職員室では、内田の事を知っている者がいるかもしれないから、と出掛けていった4人の帰りをイライラしながら待っている佐山の姿があった。(続く)