●第一話 たった3人、されど3人

 今から10年ほど前である。季節はさだかではないが、ある日の千葉から東京へ向かう列車に3人の中年の男女が乗っていた。一人は二宮と言う女性で、いわゆる主婦である。後の二人は宮本と中村と言い、定年間近のサラリーマンと言った風貌の男性である。

 3人は楽しそうに談笑しているように見えるが、その会話は一つの大きな苦しみを背負って生きていかなければならない人間のなやみと不安を語り合っていたのである。

 3人の共通の苦しみとは治療法が確立されていないRPと言う眼病をかかえている身であることだった。生活する上での不安や不自由さを理解し合えるから多少の冗談を言って笑うこともできる。しかし、心の奥底にある思いを理解してもらえる者同士、3人の会話はつきることはなかったのである。

 列車は東京に到着。そこから乗り換えたかどうかはわからないが、3人は神奈川へ向かう電車の中にいた。お互いの連絡先を教え合い、再会を約束する3人。

 そして、神奈川での地域活動ができないか、支部を設立して患者同士の交流を深め、助け合うことができないか。いずれは地域の医療関係とも連携した活動ができるようにしたいと言う話になっていた。

 この手の話になると一人の男の独壇場となる。後の二人はほとんど聞き手にまわることになる。一人の男とは中村のことである。この男、小さいとはいえ、会社の社長なのだ。事業内容はわからないが、法律にふれるようなことはしていないようだ。

 この男、行動力があるだけではなく知識も豊富で頭の回転も速い。そして、良く言えば説得力のある話し方ができる。悪く言えば口が達者なのである。

 人の話を聞かないわけではないが、相手の話をちゃんと聞いているかはあやしいのである。独立して、会社を立ち上げる。そのためには多少の強引さと口八丁も社長として持っていなければならない技量なのだろう。だが、生きていくために身につけた技術と言うより、元々のこの性格が災いして誤解を招き、支部運営に波乱を起こすことになるのである。

 この中村の話に耳を傾ける二人。完全に中村のペースにはまってしまっていた。同意にもにた返事をするしかない二宮と宮本だったのである。

 3人は設立間もないJRPSの集まりに参加しての帰りだったのである。全国組織として活動をしてはいるが、地方に支部はなかったのである。組織としても活動本番はこれからと言える時期であった。

 そんな中での支部設立へとの思い。

 中村ひとりの思いつきや考えだけではできない。二宮も宮本も中村の言葉に乗せられたわけではない。ほんの数時間だが自分の思いを言葉にすることができた。その言葉を理解してくれる人間が自分のそばにいる。そして、心に重くのしかかっていたものが軽くなるのを感じた。

 話に耳を傾けうなずくだけ。そして、思いを言葉にする。ただそれだけ。何も解決策は生まれない。それでも思い悩み、うつむくしかなかった自分が頭を上げ、身を乗り出し、笑顔を見せ、話をしている。心に失ってしまっていた何かを取り戻す力を感じる3人だった。そして、3人は思っていた。この数時間、感じた思いを3人だけで終わらせてはいけないと。

 3人のおじさんとおばさんの出会いとひとつの思いが重なったこの日、神奈川支部の歩みが始まったのである。

 電車が横浜を過ぎると中村ひとりとなっていた。二人に熱弁を振るったはいいが何をどう進めるか、そしてその方法はと思いをめぐらせる中村であった。そして結論は、(あれこれ考えているだけじゃ何も変わらない。二宮さんも宮本さんもいる。3人よればなんとやら・・。後は行動すればなんとかなるってもんだ)となったのである。

 数日後、二宮と宮本に電話する中村だった。話の内容は支部設立の準備のために何から初め、どう進めるかの自分の考えを改めて説明するためだった。

 頭ではわかっていてもどう動けばいいのか全くわからない。中村にとって、障害のある身であるが、障害者の組織作り、それがたとえ小さな地域支部作りであっても未知の世界なのである。ましてや、アドバイスしてくれる者もいない。すべて手探り状態、回り道しながらの準備となった。

 福祉のふの字も知らない3人が神奈川に新しい形の障害者のための組織を作ろうと必死になっていた。何も知識のない3人だったが、それぞれの利点を生かし、それぞれの欠点を補いながら動いた。

 聞き手になることが多いが、銀行マンとして生きてきたキャリアが中村の大まかな考えや判断に細かくチェックを入れ、それをフォローする宮本。

 女は弱し、されど母は強し、そしておばさんはもっと強い。この言葉どおり、女性ならではの視点から注意点を見つけだす。そして、おばさんパワーで中村の動きにブレーキをかける。

 中村は会社経営者だからなのか性格なのか、戦略的な考えをする。そして、決断したら素早く動く。それも戦略的に。経営者として動くのならそれでいいかもしれないが、福祉の世界では独断的に見られてしまうのだ。だが、物事を前向きに考え行動する。そしてどんな話をしても最後は人を明るくさせる言葉で終わる。この天性とも言える力が二宮と宮本には大きな救いとなっていた。

 中村は二人を引っ張っているとは思っていない。二人がいるから自分が動けていると思っていた。宮本と二宮は中村をフォローして縁の下の力となることが自分の役目と思っていた。ただ、事後報告の多い中村の行動には悩まされる二人だった。

 右往左往しながらも神奈川の支部設立準備会を茅ヶ崎で開催するところまでこぎつけた3人なのであった。

 この物語は実話をもとに作者が好き勝手に着色したものである。そのため、「そんなことしてなぁい」「そんなこと言ってなぁい」などのクレームがあるため、人名及び団体名はすべて仮名ってことになってます。