●ウッチャンVS郵便局員

横須賀市・内田 知

 ウッチャンが、厚木で一人暮らしを始めた2年目の冬のある日。ある場所へ、1年ぶりに向かっていた。その場所とは厚木中央郵便局である。郵便局の入り口まで来ると、フーと息を吐く。すると、ジャジャジャーン!ウッチャンはウッチャンマンに変身したのである。

 さて、なぜウッチャンマンに変身したのか?話は1年前に遡る。周囲の反対を押し切って始めた一人暮らし。多くの人に面倒な事をさせた。一人暮らしを始めれば始めたで、たくさんの人に助けてもらった。そんな生活の中、最初の冬を迎えたウッチャン。お世話になった人達、これからお世話になるつもりでいる人達へ、年賀状を書いたのである。それも点字で…。

 書き上げたはがきは、ポストに投函していたのだが、数枚の出し忘れに気づいたウッチャンは、ボランティアさんと買い物に出かけた際、郵便局の近くを通る事もあって立ち寄る事にしたのである。

 局内に入ると、郵便物取り扱いカウンターへ。「これ、お願いします」と、ハガキを差し出すウッチャン。すると、局員が「申し訳ありませんが、宛先と名前の下に、点字を訳した文字を書いて、あらためて持って来ていただきたいんですが」と言ったのである。

 その言葉に、ウッチャンの眼つきが変わった。サーたいへんだ。大騒ぎになるぞう。と思ったら、静かな口調で点字郵便の取り扱いについて尋ねた。局員の返事は、わかっているが点字を理解できる者が少ないというより、外部から読める人に来てもらっているので、できれば訳した文字を書いてほしい、と言う事だった。なんと、この言葉にもおとなしく従って「分かりました」と言うと、その場を離れた。おとなしく引き下がったように見えるウッチャンだが、局員の説明を聞いていた時には、もうウッチャンマンに変身していたのです。

「ポストちゃん!あんたはエライ」
 郵便局を出ると、ボランティアさんに、「郵便局の入り口にあるポストの前まで行ってください」と頼んだ。そして、受け取ってもらえなかったハガキをポストの中へ。その行動に驚くボランティアさん。

 「内田さん、いいんですか」の問いかけに笑いながら「いいんです。ポストちゃんは、何も言わず受け取ってくれますからね。今までもそうでしたから、ポストちゃん!あんたはエライ」と返事をしてポストの頭をナゼナゼしたのでした。

 これには、あきれながらも笑うしかないボランティアさん。しかし、この程度で終わらせるほどウッチャンマンはやさしくない。1年たった今、郵便局で何かが起ころうとしている。

 1年前はボランティアさんと二人、今回は一人。入り口を入ると、「スイマセーン」と声をかけて、カウンターまで案内してもらったウッチャン。昨年と同じようにハガキを差し出す。それを受け取る局員。ウッチャンに向けて、局員が言ってきた言葉は1年前とほぼ同じ。それを聞きながら、(アンタだけが悪いわけじゃないが、少し痛い目にあってもらうからな)と心の中で含み笑いをした。

 説明を聞き終わると、「そうですか、チョット待ってください」と返事をしてリュックの中から、携帯用テープレコーダーを出すウッチャン。でもって、「チョット聞いてもらえます」と言うと再生ボタンを押した。時間にして30秒ほどだが、音量は最大にしてある。そりゃ、それなりの大きさで局内に響き渡っただろう。

 となれば、チョットした騒ぎになる。がしかし、そんな状況の中、ウッチャンは停止ボタンを押して、「なんて言っていたか聞こえましたか」と局員に尋ねていただが、問いかけに返事がない。すると、「もう一度、聞かせましょうか」と声をかける。突然の事に、アゼンとしていた局員。その言葉にあわてて「聞こえましたから・・」と返事をした。

 それを聞いて、「では、今出したハガキは、どうなるんですか」と尋ね返した。これに、またまた返事がない。「なんだかなぁ、何を聞いたか分かっています? ヤッパ、もう1回…」とテープレコーダーを動かそうとするウッチャンを見て、「分かりましたから」と、その動きを止めた局員は「失礼しました。このままでお受け取りします」と言ったのである。

 ちなみに、録音されていたのは、福祉制度の内容が記してある雑誌から郵便物の取り扱いについて書かれた箇所を録音してあったのです。つまり、点字で書かれた手紙やハガキは、そのまま普通郵便と同じ取り扱いをすると言う部分をウッチャンは聞かせたのである。

視覚障害者の悔しさ
 さて、周囲の動きが見えないウッチャンの推察だが、たぶんテープレコーダーの音を流した時に、何事かとカウンターの奥から課長クラスの局員がやって来て、一部始終を見ていた。そんでもって、接客している局員に「黙って受け取れ」とでも耳打ちした。だから、妙な間がある返事になったんだろう。それはそれとして、テープレコーダーをリュックにしまうと、ウッチャンは「受け取ってもらえてよかったです」と言った。そして、ウッチャンマンとして言葉を続けた。

 「自分のやった事で、お騒がせした事は謝ります。すいませんでした。ただ、視覚障害者が、書けない文字を書いてから持って来いと言われたらどれだけ悔しいか分かってください。英語を日本語に訳せみたいなものの言い方されて怒らない視覚障害者はいませんよ。点字で書いた手紙やハガキを、全国どこでも届けてもらえると信じていたのに、これではだめですと言われたら、もう1回言いますが、どれだけ悔しいか分かってください。視覚障害者は点字を好きで使っているわけじゃないんです。書けと言われた文字を書ければ、どれほど幸福か。送った先の相手も、点字じゃなく、読めと言われた文字を読めたらどれだけ幸福か。そこまで理解しろとは言いません。郵便局員として働いている時だけでもいいです。点字の存在と、その必要性を理解する努力はしてください」と話して、頭を下げ郵便局を後にしたウッチャンでした。

 しかし、なんで1年待ってこんな事やったんだろう。郵便局が一番忙しいのは年末。出入りする人は多い。そんな時に、やらなければと単純に思っただけのようだ。

 ところで、年が明け、ウッチャンの所にも年賀状が届いた。その中には点字で書かれたものもある。もちろん、すらすら読めるわけもなく、苦労しながら読んでいた。そう、たとえウッチャンマンに変身しても苦労するのは同じ。そんな姿を知ったら、あの郵便局員から(オマエもしっかり覚えろ)と書かれたハガキが届くだろう。

 最近、また世間では、郵政民営化を見直すとかなんとか騒いでいるようだが、ウッチャンマンにとっては何がどう変わるかには興味がない。ただ一つ、宛名や宛先が点字で書かれていてもポストチャンのように、黙って受け取ってくれる郵便局員が増えることを望んでいるだけ…。