●ウッチャン、いなかへ帰る

横須賀市 ・ 内田 知

 ウッチャンの故郷は、南国土佐、言わずと知れた坂本龍馬の生まれた高知県である。県の中心である高知市内から東へ車を走らせる事2時間。後もう少しで室戸岬と言うあたりの国道から道幅2メートルほどの山道に入る。そこをさらに5分ほど行った所に、家が10軒ほどの小さな集落がある。ここが、ウッチャンのオフクロサンの生家がある場所であり、ウッチャンにとっては故郷の地なのです。

 そんな故郷に、一昨年何年ぶりかの帰郷をしたのです。最近、体調をくずす事の多いオフクロサンを、一人で帰らせるのは心配だと、いっしょに帰って来たのだが、母親の事より、いなかでのたいくつな日々をどうするかで頭はイッパイのウッチャンだった。しかし、帰ってみると、ひまをもてあそぶ事ばかりではなかったのです。そう、いなかにはウッチャンを楽しませてくれる、おじいちゃんやおばあちゃんが元気に生きているのです。それでは、まずはこんな話から。

 ある日の昼間、おじいちゃんが一人で家にいると電話が鳴った。出てみると、若い男の声で、何やら泣きながら訴えていた。よく聞くと、交通事故を起こしたと言う。でもって、お金を用意してほしいと言って来た。それを聞いていたおじいちゃんは電話の相手に、「わしの孫は漁師ぎゃからのう、今頃は海の上じゃ。おまんもたいへんじゃと思うがの。間違って電話をかけたらあかんぜよ」と電話をきったと言うんです。それを聞いたウッチャンは、もちろん大笑いしました。

みんな顔見知り
 次は、ウッチャンのいなかには鉄道がない。つまり交通機関はバスしかないのだ。それも、朝夕の通勤通学の時間帯でさえ、1時間に3本しかない。となれば、昼間は1時間に1本あるかないかである。そんなバスに乗って、親戚の家に出かけた時である。

 とあるバス停に着いて、降りようとしたおばあちゃんが、運転手さんに一言。「おまんは○○んとこの△△と違うか」。これに、「××んとこのおばあちゃん、お久しぶりです」と返事をする運転手さん。すると、「久しぶりじゃないぜよ。ここんとこ本家に顔出してないじゃろ。みんな心配してるき、たまには顔出さなあかんぜよ」と言ったのです。

 バスの運転手さんは、マイクを身につけている。つまり、この会話が車内に聞こえてしまうんです。いなかのバスだからありえる事なんでしょうが、笑いを堪えるのがたいへんだったウッチャンでした。

 さて、出かける事も多いが、オフクロサンとウッチャンが帰ってきたとなれば訪ねてくる人も多い。そんな中、ご近所さんのおじいちゃんやおばあちゃんが集まった時である。あくどい訪問販売の業者がうろついているから気をつけるようにと言われた時の話をし始めたのです。

 気をつけるようにと言われた時は覚えていても、物忘れがはげしいお年寄りにとっては何日かすれば忘れてしまう。ましてや、訪ねてくる人が少ない日々を送っていれば、商売目当ての相手であってもお年寄りにとっては、久しぶりの話し相手となってしまう。こうなると、相手のペースに巻き込まれ、だまされてしまう事になる。しかし、だまされてばかりいるお年寄りばかりではない。それどころか、自分はだまされそうになった事をわかっていないおばあちゃんがいるのだ。そんなおばあちゃんの話です。

押し売り、泣いて帰る
 ある日、お年寄りにはとってもいい物があると中年の男がやって来た。でもって、持ってきた物を説明しながら、おばあちゃんの話もつき合ってくれたらしい。ここが、相手のうまい所だ。おばあちゃんの話を聞きながらも売りつける事は忘れない。全額を、1回で支払うのはたいへんだからローンでもと言ってきた。ところが、おばあちゃんにはローンと言う言葉がわからなかった。ローンとは、昔風に言えば月賦である。つまり、月賦でも買えると言っていたらおばあちゃんは買っていたかもしれないと言う。

 そばで聞いていたウッチャンが、オモシロイと思わないわけがない。身を乗り出すように、「それで、その後は」と訪ねた。おばあちゃんの話では、ローンと言う意味がわからないから買うとすれば全額払わなければいけないと思ったと言う。そんな大金はない。で、あんたもこんないなかまで来て商売するんだからたいへんだろう。買ってやりたいがそんな大金はない。でも、あんたも手ぶらでは帰れないだろうから、せめて家族に持って帰ってと、自分の畑でとれた野菜とお米を、男に持たせようとした。それも、車で来てるんだから、たくさん持って行きなと、すごい量を差し出した。

 たくさんの野菜とお米を前にして恐縮していた男に、おばあちゃんがとどめの一言。わしは、金はないがおまんに分けてやれる米と野菜はたくさんある。だから食うもんに困ったらいつでも来いと。この言葉に、うつむいたまま顔を上げない男。なんと泣いていたのだ。泣かせるような事を言ったつもりのないおばあちゃん。これには困ってしまって、「泣くな」と言うしかなかったらしい。いなかならではのチョットいい話でした。

 ふるさとは遠きにありて思うもの…なんて言葉がある。でも、思うばかりでは、ふるさとのある喜びとその良さはわからない。長くふるさとへ帰っていない人はぜひ、帰ってみてください。きっと、心を暖かくしてくれるおみやげを持って帰って来れますよ。