●ウッチャンマンVSコンビニ店員

横須賀市・内田 知

 ウッチャンのライトホーム生活が、半年近くなろうとしていた頃。ウッチャンは、神リハ近くのコンビニに向かっていた。目的は買い物? それにしては、目つきがスルドイ。そう、ウッチャンではなくウッチャンマンの目つきだったのである。ナゼ、ウッチャンマンでコンビニに行くのか。それは店員の接し方にあった。神リハ近くにあるコンビニなのだから、障害者の利用が多い。そのせいもあるのか、店員の接し方は親切なのだ。だが、その中にウッチャンをムッとさせる店員がいた。

 事は数ヶ月前にさかのぼる。ウッチャンが、コンビニの店内に入ると、いつもの「いらっしゃいませ」の声ではなく、「そのままジッとしてて、今行くから」の男の声。思わず立ち止まるウッチャン。そこへ、「何を買うんですか」と面倒くさそうに聞いてくる店員に商品名を告げると、これまた親が子供に言うような口調で、「そのままジッとしててください」と言う。言われたようにジッとしていたウッチャンだったが、その腹の中では、なんとも言えない思いが怒りの炎となって燃え上がっていたのである。

 店員は、ウッチャンのそんな想いも知らず店内を動き回り、言われた商品をレジカウンターに持ってきて、ウッチャンに声をかけた。「そのまま、真っ直ぐこっちに来てください」。(動くなの後は、こっちに来いか。くそったれが)と思いながらレジに向かいお金を払って出て行こうとすると「そのまま行けば自動ドアですから」。その言葉に返事せず出口に向かった。ドアが開き、ウッチャンの横を、入れ違いに誰かが店内へ。ドアが閉まりかけた時、店内から「いらっしゃいませ」の声がした。その声をかすかに聞いた瞬間。おれには(いらっしゃいませもありがとうもなかったなぁ。アノヤロウ、このままにしておいては世の中のためにはならねぇな)と思ったウッチャンだった。そして、懲らしめてやると子供じみた方法を考えついたのである。がしかし、それは我が身の障害である見えない事を武器にしてこそできる事だった。ところが、それをやろうとコンビニに出かけるのだが、懲らしめる店員になかなか会えない。それでも、あきらめずにコンビニに通った。そして、ついにその時はやって来た。

 店内に入ると「そのまま動かないで」と、拳銃を構えた刑事が犯人に向かって「動くな」と叫ぶがごとく一言。そして、ウッチャンにこれまた刑事が犯人に、さとすように「オマエがやったんだろう」と言うがごとく、何を買うか聞いてくる。それに合わせるかのように、犯人が素直に「私がやりました」と言うがごとく、商品名を告げる。店員が、レジカウンターに商品を持って来る。そして、「そのまま真っ直ぐに・・」と言う。

 その瞬間、ウッチャンは心の中でニヤリと笑った。レジカウンターに向かうフリをしながら斜め方向に身体を向けて歩いた。驚く店員「そっちじゃない」と叫ぶ。それでも進むウッチャン。白杖が何かに当たって「オット」と立ち止まる。「そっちじゃないと言ってるのに、こっちですよ」と店員。「こっちってどっちですか」とウッチャン。「声のする方ですよ」と、いらつく店員。その声を聞きながら(まだまだ)とつぶやき、声とは逆方向へ一歩二歩。「止まって止まって」と店員が叫ぶ。「エッ」とウッチャン。そして、「あっちだこっちだと言われても・・」と言うと、「エート、右へ・・じゃなくて左へ」と店員。それに、今度はウッチャンが「どっち」と言う。

 少しの間があって、「左へ」の声。(左右もわかんないのか、馬鹿め)と思いながら左に進んでウッチャンは、レジカウンターの前へ。「真っ直ぐと言ったのに」と店員。「真っ直ぐに歩いたつもりなんですけどね。いやはや見えないってのはたいへんでねぇ」と笑う。そして、「好きでこんな身体になったワケじゃないんでね。

 お兄さんも眼の病気には気をつけてね」と言葉を続けた。何も言わず店員は、レジを打って「○○円になります」と言った。サイフから一万円を出して店員に渡す。この日のために用意した一万円。買った品物の合計は五百円程度、おつりは九千円とチョットになる。店員は、ウッチャンの手のひらにおつりをのせる。その瞬間にやりと笑うウッチャン。「チョット待って、いっぺんに渡されてもこまるんですよ。オサツから順番に渡してください」と言った。店員は面倒くさそうに手のひらに載せなおす。そして、品物が入ったコンビニ袋を手渡した。

 ウッチャンは動こうとしない。店員はけげんそうに「出口は・・」と言った時、その言葉を遮るように「アンタ、何か忘れてないか」と強い口調でウッチャンは言った。返事はない。ウッチャンは言葉を続けた。「この店の近くに障害者が生活している施設があるのを知らないで仕事をしているワケじゃないだろう。そんな連中が買い物にやって来る。面倒かけるのがいるかもしれない。おれはその中の一人だ。

 それでも客だ。買い物すませた客に言わなきゃいけない言葉があるだろう。あんただけだ、その言葉を忘れているのは。思い出すまでここを動かないからな」。その言葉にアゼンとしながらも店員は「ありがとうございました」と言った。

 それを聞いたウッチャンは、強い口調で言った事を詫びた後、「買い物に来れるのはここだけです。来れば面倒をかけると思いますがよろしくです」と頭を下げ、レジカウンターを背にして出口に向かった。

 帰り道、足どりだけではなく、心も重く感じていた。独りよがりでいやみな事をしただけのようで、どこか気分が晴れない。西に沈む太陽が、ウッチャンの顔を照らす。その陽のまぶしさに顔をしかめながら座頭市のセリフをつぶやいた。「いやな渡世だなぁ」