●あこがれの女性専用車両

横須賀市・内田 知

 朝、7時30分を回って通勤ラッシュが後半にさしかかった頃、ウッチャンは京急上大岡駅から市営地下鉄に乗り換えようとしていた。階段を下りて地下鉄の改札へ向かうウッチャン。改札を入るとホームに下りるための階段へ。最初の段差を白杖で確認した時、ホームから発車ベルの音。(電車が出た後だから、少しはホームもすいているだろう)と気持ちを楽にして下りていった。

 ところが、朝のラッシュ時である。ウッチャンがガッカリするほどの混雑ぶりだったのである。目的地は新横浜、後方の車両に乗れば、駅に着いた後の移動が楽。でもって、電車が出たばかりだから移動しても大丈夫だろうと判断し、点ブロをたどりながら歩き始めた。

ウッチャン流必殺技は健在
 てことで、久しぶりにウッチャン流必殺技を使う。点ブロをたどりながら歩くって事は、電車を待っている人達を横切るように歩くって事で、ましてやホームの端を歩くのである。こっちにとっては、しょうがないって言えばしょうがない。相手にとっては、迷惑って言えば迷惑。ただ、こっちの不自由さを理解してもらって、ちょこっとよけてもらえれば助かるワケです。しかし、ボーとしているワケではないが、気持ちは電車が来る事だけで立っているのだから、こっちに気がついてくれる人は少ないのである。

 そこで、混雑時に自分に気がついてもらうために、人の気配を感じたら、「スイマセーン、トオリマース」と声をかける。かけると言うより、声を出しながら前に進むのである。これをやると、気がついてよけてくれるのである。マァ、気がついてよけると言うより、ウッチャンの声にビックリしてよけると言った方がいいかもしれない。つまり、ウッチャンは電車を待っている人達を驚かせながら歩いているのだ。この技は、ウッチャンしかできないって言うより、みなさんはマネしない方がいいでしょう。

 さて、ウッチャンはと言えば、この必殺技を使って数メートル進んでいた。そこに、電車が到着するとのアナウンスが流れた。まだまだ先に進むつもりでいたウッチャンは(もう来るのかよ)とガッカリしたのです。なんでガッカリするのか。乗る電車が来るのだからイイジャンと思う人もいるだろうが、ウッチャンにとっては問題なのである。

 ホーム上では、到着する電車と平行に立つのは鉄則なのだ。自分が平行に立っているのかを確認していない。電車はもうホームに入って来る。そんな中で確認動作をしている暇はない。なんたって、まだラッシュ時であるホームには人がいっぱいなのだ。点ブロからホームの真ん中に移動して安全を確保するのがやっとの状態。乗車するより安全確保が先と、到着した電車に乗るのをあきらめ点ブロから離れ、ホーム中央へ移動しようとした時、「電車に乗られますか」と女性の声。思わず「はい」と返事をするウッチャン。お手手つないで電車に乗車。車内はすし詰め状態ほどではないが、身体を動かすにはチトきついかなと思うぐらいの混雑ぶりだった。

飛び乗った車両は男子禁制
 なんとか、ドア近くの手すりにつかまる事ができた。がしかし、ドアが閉まった瞬間、ウッチャンを乗車させてくれた女性が「アッ、どうしよう」と声を上げた。その声に「どうされたんですか」と尋ねるウッチャン。そして、女性が発した言葉はナナント、「どうしましょう。あなたを女性専用車両に乗せてしまったわ」だった。これに「マジッスカ」とビックリしながら聞き返すウッチャン。すると、「マジッス」と女性らしからぬ低音で返事が返ってきた。その言葉に、なぜかキョロキョロとあたりを見渡すウッチャン。このスケベオヤジに、誰か言ってやってください。「全盲がキョロキョロしてもなんも見えないんだからじっとしてろ」と。

 それはそれとして、男子禁制の車両に乗ってしまったのだからマズイのは、ウッチャンにもわかっている。そこで、「オレ、次の駅でおりますから」と、女性に言うとホッとしたように「次の駅が下りる駅なんですか」と尋ねてきた。ここで、「はい」とウソの返事をしたら、男としてチョコットはカッコイイんだが、ウッチャンの発した言葉は「イイエ」だった。こうなると、責任を感じてしまう女性。「ごめんなさい」と返事をしてきた。これに、「あなたは、何も悪い事してません。親切に声をかけていただいて感謝してます。それに、急いでいるワケでもないですから気にしないでください」と恐縮しながら言葉を返したが、「でも・・」と何かを言おうとする女性に、「乗せてくれたあなたに責任はありません」と言葉を続けた。

 そんな会話をしている二人の間に、「心配されなくても大丈夫ですよ」と、声がかかった。思わず「エッ」と声の方向に顔を向ける二人。その声の主は、言葉を続けた。「視覚障害者の方は専用車両とわからないで乗って来る事もあるし、乗って来たからと動いている電車の中を移動するのは危険と言う事で、もし乗ってしまってもそのまま乗っていていいって新聞に載ってましたから」。この言葉に、「ホントですか」とハモル二人。これに、「はい」と返事が返って来る。

 この返事にホッとする二人。しかし、ウッチャンの心の中は(よかったぁ)ではなく(ヤッター)である。この意味の違いが理解できた方は、ウッチャンの性格を見抜いたと言っていいでしょう。降りなければいけなかった駅を通り過ぎて一安心のウッチャン。こうなると思う事は(女性専用車両に乗っているんだなぁ)となる。つまり、頭の中がピンク色に染まっていくのである。見えない分、臭いだけでもと鼻をくんくんさせたりし始める。どうしたらこんな性格になれるのか。どうしょうもない男である。

 さて、混雑していた車内も関内、桜木町を過ぎるとそれなりにすいて来たのか、ウッチャンも座席に座る事ができた。外目には、恐縮しておとなしく座っているように見えるウッチャンだが、ピンク色の頭の中はスケベオヤジ状態。あいかわらず、鼻をくんくんさせ、別に何も細工されていない座席なのに(これが、専用車両の座席かぁ)と意味のない感動をしていたのである。そんな中、社内放送で、次は横浜と告げた。すると、ウッチャンを乗せてくれた女性が「私は、次で降りますので」と声をかけてきた。「ご親切に感謝してます。ただ、私に声をかけたばかりにしなくていい心配をさせてすいませんでした」と頭を下げるウッチャンだった。その言葉に、にこやかに「こちらこそ」と言葉を返した女性。電車は横浜に到着。女性は降りて行った。

ピンク色から一転、灰色に
 ここまでは、余裕のウッチャンだったが、降りる人も多かったのだが、乗ってくる人も多かった。となれば、スケベオヤジにはパラダイスとなるはずなのだが、チョット様子が変なのである。そう、横浜から乗ってきた女性達にしてみれば、ウッチャンは、ナンダコイツハと視線を向ける対象となる。白杖を持っているから何も言われる事はないとしてもヤバイのである。これは鈍感なウッチャンにもわかる。ましてや、何かあれば助け船の一言を言ってくれるであろう女性は横浜で降りてしまっている。何か言われたらどうしようと不安がよぎり始める。それまで、ユッタリと座っていたのが、自然と背筋を伸ばしうつむき加減で座り直していた。

 むろん、ピンク色も頭の中も灰色化してくる。そして、信じられない事だが、ウッチャンは(早く新横浜に着いてくれ)と願っていたのです。横浜から新横浜までの間、背もたれによりかかる事もなく、背筋を伸ばし、両足をふんばり、電車の揺れで隣の女性に当たらないようにと必死になっていた。座っているのに、つり革につかまらず電車のゆれに耐えながら立っているような状態のウッチャン。新横浜に着いて、ホームに降りた時は、クタクタ状態。大きなため息をついたのです。でもって、よほどの緊張感を味わったのだろう。ウッチャンの口から信じられない独り言が発せられた。「女性専用車両には、もう乗りたくない」と。