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●医療講演会の報告 〜網膜色素変性症に対する眼科医の挑戦〜

役員 佐藤 孝

 さる11月5日(日)に、千葉大附属病院の菅原岳史(すがわらたけし)先生をお呼びし、医療講演会が横浜市健康福祉総合センター(最寄駅:桜木町駅)で開催されました。会場は94名の参加者がありほぼ満席の状態で、今回の講演会に対する関心の高さが伺えました。
 開会は午後1時30分、佐々木会長の挨拶の後、先生の講演が始まりました。講演後の質疑応答を含め午後3時30分に閉会しました。
 講演の概要と質疑応答を先生にまとめていただきましたので、下記に掲載します。


「 網膜色素変性に対する眼科医たちの挑戦 」    60分 講演
菅原先生の顔写真

  千葉大学 眼科・臨床試験部・医療安全部 ARO協議会・薬事班 代表世話人
  元 厚生労働省所管・医薬品医療機器総合機構【PMDA】
  菅原 岳史

はじめに
 本日はお招き頂きまして誠にありがとうございます。行政機関に所属していた経験を踏まえ、御参加の患者さんや御家族、関係者の皆さまに、前向きなメッセージを伝えたいと思います。
 学生時代はヨット部に所属し、江ノ島ヨットハーバーで開催された大会に参加しておりました。また、祖父の弟が葉山に住んでいたこともあり神奈川県には想い出があります。先日は相模原市主催のセミナーで「網膜色素変性」の講演する機会がありました。数年前には、ここ横浜で講演しております。患者の会やJRPS主催の会で講演した経験が何度かあります。
 本日の講演内容は1)から5)の5つのセクションに大きく分かれております。約1時間の講演です。
 注)本講演概要は当日の講演時系列とは若干異なり、配布資料があっても順番は異なる可能性がございます。また、非公開情報はないものの仲間とは言え個人名が載っており、個人情報保護法時代なので、ホームページで公開したり、転送に転送を重ねるような取り扱いには、是非とも、ご注意下さい。行政経験者だけに、その点はお願い致します。
 (編集者注:個人名は伏せています。)


1) 網膜色素変性とは
 網膜色素変性は難治性の希少疾患(オーファン疾患)とされておりますが、疾患の進行性には個人差が著しく、生涯を通して視機能が保たれるケースから、若くして不自由になるケースまで様々です。何種類もの遺伝性がありますが、孤発例と呼ばれる遺伝性の少ない症例も少なくありません。
 私は、母校である岩手医大時代に、網膜電図(ERG)で学位を取る研究をした経験で、ミシガン大学のシービングラボに留学しERGの研究をしました。ERGは網膜の心電図みたいなモノです。米国のボスであるポール・シービング先生とは、本疾患の国際的権威で、現在はNIHという米国の研究センターの眼科部門のトップです。
 帰国後、しばらくしてから千葉大に異動しました。千葉大は前任の安達名誉教授時代から本疾患が専門です。このような経緯で、眼疾患の中でもとりわけ網膜色素変性と関わりが深く、国内外の様々な仲間らの網膜色素変性に対するチャレンジを知っておりますので、今回は、眼科医たちの挑戦というタイトルでお話します。

2) 網膜色素変性に対する海外の挑戦
 臨床は診断法も治療法も日々進歩しておりますが、研究なしに進歩はしません。研究には、大きく分けて3つあります。基礎研究、非臨床(動物実験)研究、それと臨床研究です。基礎研究は、物理的、化学的、モノそのものの研究で、動物実験はラットやウサギを用い、基礎⇒動物⇒臨床と研究は進みます。基礎や動物の様々な研究にも期待と可能性はありますが、人に応用するステージ、つまり臨床研究までは行っていないと、随分先の話です。
 世界で実施されている臨床研究はClinical Traial.gov というサイトで、一般の方でも検索でき、これらは臨床応用が近未来に実現する可能性がある挑戦実例です。御存知のように、本疾患はゆっくり進行する場合が多いので、予防的あるいは進行抑制的な治療が考えられ、代表的なのが、ボスであるシービング先生らのプロジェクト、カプセルに薬剤を封入して眼内に挿入し長い年月をかけ徐々に治療するタイプの治療スタイルです。神経保護治療、あるいは神経栄養治療などと呼ばれることがあります。
 もう一方の治療スタイルは、進行して視機能が殆どない場合に用いる網膜移植や人工網膜です。留学中はシービング先生の指導の下、ラットやマウスを用いて網膜色素変性に対する様々な薬剤の検討を行いました。このように、基礎研究、動物実験、臨床研究という様々なステージでチャレンジが進行してきました。
 先ほど延べましたように、中でも臨床研究のチャレンジが最も実用化に近いので可能性が高いと言えます。これらをPというフェーズ、すなわち開発相として表現します。PT(P1)が初めて人類に使用する医薬品や医療機器であり、主に安全性を検討し、PU(2)が効果を検討、PV(3)がその効果を検証する段階、PW(4)とは市販後、すなわち流通しているモノです。ですので、流通直前の研究、PUとPVが次世代の医療に繋がる可能性が高い新規の治療ということです。

3) 網膜色素変性に対する国内の挑戦
 国内で実施されている臨床研究はUMIN(ユーミン)というサイトでどなたでも検索可能です。Clinical Traial.govに比較すると登録率は高くなく、登録から漏れている研究も少なくないものの、大まかな傾向を知る情報になります。結果が出る前からの情報で、日本語で読める点も利点です。網膜色素変性で検索したとすると、数十件の研究名があげられ、個々の研究をクリックすると、より多くの情報が入手できます。UMINを通して今そこにある臨床研究のトレンドを知ることが出来ます。
 一方で、それとは別に、私の知人には、本疾患を専門としている仲間が多く、彼らのこの20年くらいのチャレンジ概要を少々解説します。岩手医大時代のオーベン(直属の上司、指導教官)に指導され、院生時代に主にウサギ網膜疾患に対する神経保護剤の研究をしました。千葉大の前任の教授安達先生はJRPSの活動に貢献しました。九州大の先生は遺伝子治療法でチャレンジ中。iPS細胞移植で有名な京大や理研の先生。日本版人工網膜で有名な阪大の先生。その他、大勢の先生がクリニカルクエスチョンをいだき、リサーチクエスチョンに変換して、基礎研究、動物実験、臨床研究を実施しています。本当に大勢の先生が。キッカケには医学的または科学的な興味がない訳ではありませんが、モチベーションの発端は目の前の患者さんです。

 クリニカルクエスチョンとは臨床現場における課題のことです。この病気は治らないと決めつける前に、何故病気になるのか、何故進行するのかを研究し、どうやって進行を遅らせられるか?、どうすれば進行しないのか?、どうすれば治せるのか?。他の方法は?などを研究するためのキッカケは、目の前の患者さんです。そして、それらの研究成果を報告する、論文や発表といった学術活動は業績になるためだけではなく、情報をシェアし人類として前進するためなのです。ある研究者の活動を、他の研究者につなぐためなのです。

4)網膜色素変性に対する私(私ら)の挑戦
 次に、私の研究について2つ報告します。まず、ひとつは、数年前のウノプロストン点眼、緑内障点眼薬のレスキュラの企業治験を牽引した経験で、もうひとつは、電気刺激療法である通称ピコピコの医師主導治験を実施中の件です。自分たちの研究なので裏話も含めて、具体的に解説します。
 ウノプロは、動物実験結果の論文数件から、網膜における神経保護をレスキューするとして注目を浴びました。慶應大眼科助教授だった先生がベンチャー企業を立ち上げ、千葉大とコラボで、数年間ウノプロの臨床研究、さらに治験を実施しました。
 治験というのは国に承認して貰うための正式なPUとPVで、かなりの資金がかかります。ウノプロ効果は進行抑制と期待されますが、網膜色素変性の進行は10年単位の場合もあり、10年間治験を実施する金銭的な体力はないことから何らかの改善効果を示す必要があります。一部の症例には効果があるものの、全体的、つまり平均としては効果がイマイチであり、承認には保留の状況です。ウノプロは既に緑内障で使用されている点眼であり安全性は確立しているので、早く承認されて欲しいと思います。

 つづいて、ピコピコについてお話します。現在PUの治験を医師主導で実施中です。PUが済んだら、PVを実施して、承認されるかも知れません。ピコピコはプロトタイプの器械がピコピコと音を出すことから、千葉大で同僚だった女医さんが名付けました。メイヨーという名古屋の企業さんと10年以上前から千葉大で共同研究しております。ウノプロが進行前の患者さん向けなら、ピコピコは進行後の患者さん向けです。ともに、メカニズム、つまりどうして効くのかには色々な説があり、本当のことは良く分かってはおりません。メカニズムつまり機序が不明瞭でも効果がある場合はありますが、網膜色素変性にチャレンジするためには、レギュラトリーサイエンスと呼ばれるいわば行政の力も必要だと気が付きます。
 レギュラトリーサイエンスに関しては後述しますが、昨年、「絶対知るべき臨床研究の心構え」というレギュラトリーサイエンスの本を出しました。医師や研究者向けですが、イラスト満載なので、機会があったら御覧下さい。私が、行政に目覚めた理由には、3つございます。恥ずかしながら、お話しましょう。本当の裏話です。

5)元行政官としてのメッセージ
 ウノプロの治験を実施している時のことです。治験なので、臨床とは異なり、毎月通院をしなくてはなりません。遠くからは毎月新幹線で千葉まで通った方もおります。もちろん、治験なので旅費は出ますが、大変な苦労だったと思われます。神奈川県から通っていた、若い綺麗な女性もおりました。治験通院の最後の日、「治験参加ご苦労様でした。」と声をかけた時、彼女に「私が治るのに間に合うとは思えないですけどね。」と返事されました。この言葉が、今でも強烈に脳裏に刻まれております。患者さんって、そう思っちゃうんだ。と、同時に、心の叫びを教えてくれたことに感謝しております。

 2011年3月11日故郷を大震災と大津波が襲いました。岩手医大の学生時代は宮古ヨットハーバーで過ごし、医師になって最初の常勤赴任先は大船渡病院、近隣の陸前高田病院の眼科にも時々行きました。宮古と大船渡の間にある釜石の美味しい三陸海産料理屋に行くのが楽しみだった2年間でした。津波は思い出の地を全て飲み込みました。数日後、ボランティアに行きました。岩手医大の協力の下です。そこで見た光景に絶句しました。自衛隊が見守る避難体育館の回りで元気に飛び回る子どもの姿に号泣しました。絶望の中、笑顔で居る子どもらと、ありがとうと言ってくれる被災者の方々から、勇気を貰った気もします。
 しかし、最も印象深かったのは、阪神大震災で産まれたDMATが被災地を占拠し、地元の医療団体がそのテリトリーに入れないというおかしなシステムに驚きました。邪魔扱いされた訳ではないものの、強烈なリーダーシップすなわち行政力がないと、現場は混乱する可能性があるということです。当時まだボランティアを仕切るシステムはありませんでした。行政に目覚め、その翌年の2012年1月から2年半、PMDAに行くことになりますが、眼科を選んだ理由でもある3つ目の理由をお話します。
 私は小学4年生の時、父の故郷花巻で打ち上げ花火を覗き込み両眼を負傷、救急車で岩手医大に搬送され、角膜に刺さった火の粉の除去と顔面火傷を治療するため、車椅子を経験しました。運良く殆ど後遺症がないまま回復しましたが、子どもながらに救急車の中、母親に謝罪する言葉だけ探していたことを覚えております。と同時に、目が見えなくて、この先どうやって生きていこうかという不安を、良く覚えております。たった数日間のことですが。

 スライドを使いながら講演している写真です
 さてそうそうレギュラトリーサイエンスについてここで一寸お話します。レギュラトリーサイエンスの定義や解釈は統一されていないのが現実ですが、医学用語ではなく社会用語なので個人的には以下のように理解しております。
 こっちの山にトンネルAを掘れば1万人に役立つが、あっちにトンネルBを掘っても200人にしか役立たないけど、どっちの山にトンネルを作ったら良いかを科学的に調査することです。
 トンネルAが役立つ都市には別のアクセス方法があり、トンネルAを作るには学校や畑を潰しかねないし、土砂災害の恐れがあるし、やたら予算がかかるかも知れません。天秤にかけるのは有効性の人数である有意差検定のp値だけではなく、様々な要素があるので、将来を見据えた多角的目線が必要なのがレギュラトリーサイエンスという感じです。社会に調和させる科学です。

 最後に、行政経験を踏まえたレギュラトリーサイエンス哲学をお示しします。産官学の話です。繰り返しになりますが臨床上の課題をクリニカルクエスチョンと呼び、それを元にリサーチクエスチョンが産み出され、基礎研究、動物実験、臨床研究順に実施されます。しかし動物実験までは簡単に進むものの、人に応用するための臨床研究のハードルは高いです。このハードルが低いと人体実験的な研究が生じる可能性があるのでやむを得ないことですが、開発の仕組みを知れば、論文止まりではなく、POCを産み出せます。  ポック、POC、proof of concept 、開発に進むかどうかの手応えのことです。これこそ、ARO、Academic Research Organization と呼ばれる大学の機能組織の役目です。産官学の学の、アカデミアのミッションです。産が産業界で、企業、官が当局、行政のことです。産は、営利企業なので、ビジネスが肝心です。官は、仕組みを作る組織でもあります。アカデミアである学は、営利企業ではないので、官と組み、200人にしか役立たないトンネルを掘るのです。これがレギュラトリーサイエンス哲学です。
 オーファン疾患である網膜色素変性も同様に、200人のトンネル側なのです。生活習慣病や悪性腫瘍に対する開発も大事ですが、大企業や行政は、感覚器であるたかが眼科にも目を向けて、視覚QOLの支援に乗り出すべきです。大きなプロジェクトには行政の舵切りと大型資金が必要です。ウノプロの効果は、クスリを止めると最終的には数ヶ月で元に戻る可能性が指摘され、なかなか承認には至りませんし、ピコピコの場合は効く人と効かない人が居て開発は容易ではありません。
 では、生命が1ヶ月伸びるのと、10mしか歩けなかった人が20m歩けるようになるのと、視力が0.1から0.2に回復したり視力の維持が数ヶ月伸びるのと、どれが一番社会的な意義があるでしょうか?これを事前に決めていくのがレギュラトリーサイエンス目線です。今までは産官学でレギュラトリーサイエンスしてきました。これからは、産官民学連携の時代で、民という社会、あるいは患者、ならびに家族といった民を含めるのがレギュラトリーサイエンスであるべきです。
 ウノプロやピコピコの開発に、民の意見もお願いします。疾患を背負っている民である患者を無視して、レギュラトリーサイエンスなんて可笑しな話です。患者さんは眼科医を鼓舞できる存在です。行政や社会にアピールするだけではなく、眼科学会とか主治医に対し、開発を促進するためにオールジャパンで一致団結するようJRPSとして声をあげてください。挑戦するべき対象は実は網膜色素変性そのものだけではなく、社会そのものと考えられます。次世代の本疾患患者のためにも、前向きにチャレンジしていきましょう!我々とともに!

 本日は長時間に渡り、ご清聴賜りまして、誠にありがとうございます。眼科医らは少なからず網膜色素変性に挑戦してきました。しかし、行政や企業はもちろん、患者さんたちとの連携こそ、開発促進に繋がるはずです。声は上げないと通りません。ガンや心筋梗塞と同じくらい、本疾患にも社会が注目してくれれば、開発スピードは促進されます。皆さま、ともに挑戦しましょう。

講演終わり


 今回の講演内容は、RPに関する病態、世界と日本における臨床試験の取り組みと現状、病気に挑戦する眼科医の紹介や裏話を含め分かり易く説明していただきました。
 一方、この病気の治療法の確立を目指すためには、眼科医の努力だけでは遅々と進まない背景も見えてきました。
 つまり我々患者の声を行政や医療機関、製薬会社にどう伝えていくべきか、あるいは社会への認知度の向上をどのように図るかの課題を提起された講演会であったと感じました。
 菅原先生、お忙しい毎日を過ごされていられる中、講演をしていただきありがとうございました。紙面をお借りしお礼を申し上げます。

*この講演会は「NHK歳末たすけあい」の配分金により開催しました。