● 医療講演会の報告
     「iPS細胞を用いた網膜再生医療」について高橋先生が講演

支部長 佐々木裕二

 今年の医療講演会も座長を神奈川支部顧問で国際医療福祉大学熱海病院眼科教授の高野雅彦先生に、講演は理化学研究所の高橋政代先生にお願いしました。(表紙に高橋先生のご講演の様子を掲載)
マイクを持って話す高橋政代先生、白のジャケット長い髪です。

 「iPS細胞を用いた網膜再生医療」と題した講演で高橋先生が力を込めて話されたのは、1)正しい理解が重要、2)治療法ができるまではロービジョンケアが重要、3)あきらめないことが重要 のように感じました。
 最先端を走りながら様々な障壁に力強く立ち向かっておられる先生のタフな姿に頭が下がる思いでした。

 講演内容は、1)眼の構造を説明しながら見えること見えないということの理解の仕方、2)進行のパターン、3)遺伝について、4)世界中で研究されている治療法、5)来年始める再生医療 と進行しました。ここでは紙面の都合で、5)以降の要点をまとめました。
 先生の好意により録音CDがありますので、希望する会員さんは佐々木までご連絡下さい。連絡はこちらのフォームからお願いします。

【講演内容】*網膜色素変性はRPと記述しています。
●来年始めるのは“ライト兄弟の飛行機”
 来年度に始めようとしている再生医療は、例えれば飛行機の発展と同じです。ライト兄弟の飛行機から始まり、誰もが安全にハワイまで行けるようになるには時間が掛かります。
 ライト兄弟の飛行機がこんなに危ないとは知らなかった、200mしか飛ばないとは知らなかった、などということのないように正しく理解して下さい。シートベルトだけで、安全に、誰でもがハワイまで飛べるようになるのはやっぱり20年後です。

●治療法研究について
●ES・iPS細胞による再生治療
 ES細胞は受精卵を壊してとってくる細胞で、赤ちゃんになるはずだった細胞ですから、身体のあらゆる細胞になります。色んなところに使えるだろうと研究が進んでいますが、他人の細胞なので移植したら拒絶反応が起こるかも知れない。それと何より受精卵を壊すということで倫理的な問題があります。

 iPS細胞はご存知、京都大学の山中伸弥先生が開発されたのですが、皮膚や体中のほとんどあらゆる細胞からこのESと同じ細胞を作ることができます。そのときに三つか四つの遺伝子を入れ込むのですが、昔は入れた遺伝子が残っているので危険だと言われました。でも研究はすごく進展が速く、今はもう入れた遺伝子が消えるように作っていますので安全性は高まっています。その速い流れを知らずにまだ危険だ危険だと言っている人もいっぱいいるのは困ったことです。

●iPS細胞の可能性
 iPS細胞は細胞移植だけでなく病気の解明に大きな可能性を持っています。その一つを紹介しますと、RPは原因遺伝子がいっぱいあって進み方も人によって違う訳ですが、5人の患者さんの皮膚をもらってiPS細胞を作りました。これを色んな薬物、タンパクとかをお皿の中に入れて視細胞や色素上皮など欲しい細胞を作ることに成功しています。
 患者さんからとったiPS細胞から作った視細胞ですから、その患者さんの遺伝子の間違いを持った視細胞がお皿の中でできますが、それはやはり正常と違う動きをします。正常な細胞はお皿の中で30日飼っていてもほとんど数が変わらないのですが、RPの方の視細胞は最初にできる数も違いますし、30日経つと減ってしまいます。

 これにビタミンがどう効くかを試してみました。ビタミンA、C,Eを患者さんのiPSから作った視細胞に振りかけてみると、ビタミンAとCはあんまり変化なかったですが、ビタミンEでは正常な人と3人の患者さんはかえって細胞が減ってしまいました。ところが2人の方はむしろ残りました。このように遺伝子によっては、悪いと言われているビタミンEが効いたりする。逆にビタミンAにしても、ある遺伝子には悪かったりする。

 iPS細胞というのはこういうことが分かるのですね。個別医療にもつながると思います。これが検査できるようになったら、皆さんのiPS細胞を作って、あなたはこのサプリとこのサプリとこれを摂ったらいいですよ、というようなことが言えるようになる。むしろ再生医療よりもこちらの方が可能性を示していると思います。

●今できること
 原因遺伝子が多くて人によって効く物が違うとすると、やはり根拠のあるサプリメントを多種類、色んな物を摂る方がいいのではないかと思います。色々摂るとなると、緑黄色野菜が一番いいとお勧めしています。
 ビタミンA、B、C、あとDHA、ドコサヘキサエン酸、これには青い魚がかなりいいようです。そしてルテイン、これはアダプチノールの作用です。また、外に出るときは大きなツバの帽子と遮光眼鏡を着用することが今できることです。

●世界中で研究されている治療法
 実はヨーロッパでは色々な治療法が試されています。遺伝子治療が8種類、薬は6種類、細胞治療、これはES由来の色素上皮です。これが1種類。すでに実際に患者さんに投与されて進んでいます。これがたぶん5年から10年でできてくることだと思います。
 どんな薬かというと、ナインシスレチニルアセテート、ドコサヘキサエン酸(DHA)、プロインシュリン、そして杆体(かんたい)由来の錐体(すいたい)保護因子を薬にしている治療が4種類も実際に患者さんに投与されています。我々もてんかんのお薬であるバルプロ酸が同じように進行をゆっくりにできないかと研究しています。

●遺伝子治療、人工網膜、再生医療
 遺伝子治療と人工網膜はもう臨床までいっています。細胞移植治療もいくつか行われています。

 遺伝子治療に関しては、RP65という遺伝子に対して治療することに成功しています。これは子供から発症する特殊なRPです。もう一つ九州大学で進められている遺伝子治療では、原因の遺伝子は分かっていなくても進行をゆっくりにするための治療が計画されています。

 人工網膜は光を神経のシグナル、つまり電気信号に換えるチップです。今は4×4のポイントに光が当たっているかどうか分かるようなチップですので、解像度は非常に悪い。けれども16×16のポイントにしますと手の形や大きな字の形が分かるようになる。10年後にはこれくらいの解像度にしたいと研究者は言っています。

 我々の再生医療では、視細胞そのものを移植することと、視細胞を助ける色素上皮を移植する二つのことをやっています。

 iPS細胞は自分の細胞から作るので拒絶反応がないことが利点です。逆に細胞の間違いがそのままでてきますので、自家移植はいけないかも知れません。そのために山中先生はiPS細胞のバンクを作ろうとされています。

●再生はうさんくさい治療?
 本当の再生は、身体の中にある幹細胞という種(たね)の細胞から自然に治すこと、皮膚のキズがきれいに治るように治すことです。皮膚でも軽いものは治せますが、すごいキズだったら傷跡になってきれいには治らない。
 脳や網膜はそういう種になる幹細胞がほとんどないので、内側から治すのは非常に難しい。だから外側から細胞を移植しないといけないのですが、その時に視細胞が減っているから視細胞を移植するのが本当の治療です。

 しかしもう一つ別に栄養を出す細胞を入れて周りの細胞が治るのを期待する再生医療があります。骨髄あるいは脂肪の細胞から幹細胞をとって移植すれば、パーキンソン病も脳梗塞も糖尿病もRPも治ると謳っています。確かに栄養をだすので、周囲の細胞が元気になって、ちょっと治ります。ただどうして治るのかなど一定のデータがあればいいのですが、こうしたデータなしに数百万円をとって治療している病院が結構ありますので、皆さん気を付けて下さい。

●色素上皮移植と視細胞移植
 まず色素上皮移植です。色素上皮は視細胞の裏側にあって視細胞を助けています。色素上皮がないと視細胞は生きられません。対象疾患はRPではなく加齢黄班変性ですのでそこは間違えないでいただきたいですが、一方でこの治療がうまくいくか行かないかで次に来る視細胞の移植がうまく運ぶかに大きな影響がありますので非常に重要です。
 加齢黄班変性は色素上皮が原因で起こってくる病気なので、色素上皮を置き換えようという試みです。

 iPS細胞を作ってきれいに色素上皮だけにして移植します。サルの実験がありますのでビデオをお見せします。
 まず これが色素上皮のシートですね。吸い取ってしわになってもふわっと延びるようなちょうどいい柔らかさです。チューブの中に入れて眼の中に入れて網膜の裏側でピューと出します。こういうシートの上に視細胞を載せて将来的にはRPの方にも入れたいわけですね。これは人の手術と全く同じ方法でサルでやっています。

 今はほとんど終えましたが、これが安全かどうか、腫瘍を作らないか3回繰り返して念には念を入れています。ただ万が一腫瘍になってもレーザーで焼くことができます。そんなこと起こってもいいと思っているのかというお叱りの声をいただきますが、起こるとは思っていません。

 色素上皮移植が成功したら、次はいよいよ視細胞移植です。視細胞移植は、2006年にイギリスチームの論文が発表されるまでは治療になるかどうか分かりませんでしたが、彼らは非常に厳密に調べて視覚機能が戻るという論文を先月出しました。これで視細胞移植が有効なことも分かりました。

 それでも最後のハードルがありました。それは混ざりものでしか作れなかったことです。ところがそれも笹井先生が解決しました。ヒトのES細胞から網膜ができたのです。ESでできたということはiPSでもできる。しかももう立体ができている混ざりものがない。最後のハードルが解決でききました。それを我々は使わせてもらいます。

 まだマウスの実験ですが、ES細胞から作った網膜をシートで移植しています。マウスですのでグシャグシャとしか移植できないのですが、一部ではきれいに視細胞が移植したあと育って、これくらい視細胞が残っているという像がでました。これはほとんど未発表のデータです。これは私たちもすごく喜んでいることで、視細胞移植も5年以内には患者さんに届けたいと思っています。

 ここでまたライト兄弟の話しです。細胞移植の場合は手術と同じで、できた当初は非常に未熟です。だから治せる方も治る効果も非常に少ないです。それは最初から分かっているのですが、そこからスタートするしかありません。
 費用は非常に高く、おそらく自家移植だと1000万円くらい掛かります。しかし、そこを通らないと、それが安全である程度効くと分かったら症状の軽い人にもできるから、効果が高まりますし、みんなが参入すれば費用は安くなります。ですから何年か経てば費用と効果は見合う部分が来るのですが、それまでは非常にいばらの道が続きます。最初はあまり効きません。しかし、いずれ色んないい治療になっていく。我々眼科医は白内障の手術などでよく知っていることです。

 今色んな声があります。15年前に臨床研究、神戸で5人治すところまではイメージがありました。網膜再生なんて無理だと言われていましたが、めげなくて、あきらめなくて、ES細胞は臨床に絶対に使えないって言われましたけどそれも越えて、iPS細胞は危険だからまだ臨床を考えるなと言っている人もいます。今一番いわれているのは、臨床研究も始まっていないのに治験や事業化、次のこと考えるなということです。まあ今までの経験から早くから考える方がいいと思って、今ベンチャー企業を作って治験とか標準治療にするための準備もしています。神戸の5人だけではなく多くの人に届けようと今準備を始めています。ありがとうございました。

**この医療講演会は「NHK歳末たすけあい」の配分金により開催しました。**