●「新薬の治験が終了」と菅原先生
 〜 医療講演会の報告と追加情報 〜

佐々木 裕二

 総会に引き続き、医療講演会を開催しました。「網膜色素変性治療に向けての最近の進歩」と題した千葉大学・菅原岳史先生の講演でしたが、なんと新薬の治験が終了したという内容。「詳しい報告はできないが近々ニュースとして皆さんにお届けできると思う。何としても研究だけでなく、臨床に結び付けなければならない。患者さんの治療ができるようにしたい」という熱いメッセージもいただきました。現在治療法のない私たちにとっても期待できる、また期待したいご講演でした。講演の概要を以下にまとめました。

【講演概要】(座長:国際医療福祉大学教授・高野雅彦先生)
●網膜色素変性症の治療の方向は4つ
 @遺伝子治療
 A神経保護治療
 B人工網膜
 C幹細胞
 などによる網膜移植――の4つがあります。
 遺伝子治療は本質的な治療です。遺伝子のどこが悪いかが分かれば、それを補うことで治すことができます。現在140種類の遺伝子異常が発見されていますが、それでもまだごく一部と言われています。自分に関係する遺伝子が発見されて、その動物実験が完成して臨床の治療が始まります。遺伝子が違えば自分の治療には役立たないので、そこがこの治療法の難しいところです。しかし、既にレーバー先天盲という極めて重症な網膜色素変性の遺伝子治療が成果をあげています。

 神経保護は本質的な治療ではなく、延命が目的です。今の機能をできるだけ長く維持する。この治療法のいい点は遺伝子の型を問いません。アメリカのCNTFや今回お話しするウノプロストンです。

 人工網膜や網膜移植は臨床応用が始まってはいますが、ほとんど見えなくなった方が対象の位置付けだと思ってください。

●「レスキューコーン」をスローガンに
 病気の本体は杆体(かんたい)細胞なので、杆体細胞を治せればそれに越したことはありませんが、それはなかなか難しいわけです。ならばせめて錐体(すいたい)細胞(英文でcone cell=コーンセル)が障害され難い状況を作ってやれば、患者さんの視覚関連QOLが守れるはずだ、と発想を転換しました。すぐ治療が可能な錐体細胞だけは救おう、すなわち「レスキューコーン」に治療の方向性をスイッチしました。

 2008年、網膜色素変性に関する治療の報告が2つありました。1つはレーバー先天盲という10代から失明にいたる極めて進行の速い怖い網膜色素変性の遺伝子治療が成功したという報告。もう1つは私のアメリカのボスが中心になって行っている毛様体神経栄養因子(CNTF)の臨床試験の報告です。このCNTFの報告で驚いたのは、網膜色素変性が進まない事を証明したかったのに、何と何割かの患者さんで見え方が良くなった、視機能が改善したのです。大変驚くと同時に、このことは我々の研究を後押ししました。

●臨床応用への新たな戦略
 20年も前から動物モデルや1個の細胞では沢山の薬がそれを守る事が分かっていました。しかし、みなそれで終わって臨床応用されていませんでした。薬剤がなぜ効くかというのも医学でありサイエンスですが、これをどう臨床応用するか、臨床への扉を開けるかも大事なサイエンスだと思います。これには工夫とエネルギーが必要です。

 そこで5つのキーワードを考えました。これは全て、動物モデルで終わらせず、臨床応用するための戦略です。

@進行の遅い例から速い例まである。
 薬剤の効く例と効かない例がある。これは遺伝形式の差なのか、環境の差なのか、また単なる治療のタイミングなのかもしれない。いずれにせよ薬剤効果の効きやすい症例がある。30人の内3人でも良くなれば、そこにもしかしたら大事なアイデアが、ポイントが、糸口が隠されているのではないかと考えました。

AQOLを決めるのは錐体の障害である。
 杆体細胞の核が悪くなっても、細胞体が悪くなっても、外節(がいせつ)が悪くなっても、レセプターが悪くなっても、網膜色素上皮細胞が悪くなっても、どこが悪くなっても網膜色素変性は発症します。だから、遺伝子が140あれば、140種類の発症の仕方がある。しかし、中心部の錐体細胞さえ守ってあげればQOLは保たれるはずです。錐体細胞のレスキューにポイントを絞ったところが大事な点です。

B錐体障害を左右するファクターがある。
 なぜ、周辺の杆体細胞が障害される網膜色素変性で中心の錐体まで障害されてしまうのか? これには以下の3つの説があります。
 A) 隣の細胞が悪くなれば、当然、隣も悪くなる。(ロミオとジュリエットの効果)
 B) 杆体細胞が障害されると栄養を送っている脈絡膜の血流が減り間接的に錐体細胞も影響を受ける。 
 C) 杆体細胞が障害されると栄養因子サイトカインなど神経細胞をサポートする色々な周りの環境が悪くなるので、その環境の変化が錐体細胞にも影響する。 
ですから、このABCをなんとかレスキューすることを考えました。

C錐体障害の機能を評価する方法を決める。
 MP1(微小視野計)という、網膜のより中心部の機能を細かく計測することができる視野計があります。眼底の撮影を同時に行い、何度でも同じ点を刺激でき再現性が高いのが特長です。眼底写真に直接検査結果の数字をプロットします。

D改善する例があるのであれば評価期間は半年間でよい。
 網膜色素変性のように徐々にゆっくりと進行する疾患では、病気が進行していないということを証明するには3年とか5年とか長い期間見ていかないと何とも言えません。半年間病気が進まなかったとしても薬が効いているとは言えないのです。しかし、アメリカやイギリスの報告のように改善する例があるとしたら、たった半年間の検討期間でも改善する例を捉えることができれば、それは薬の効果があると言えます。

 動物モデルで終わらずに臨床応用へ導くためには、まず期待される薬剤があって、安全性があるのであれば、症例全部でなくて症例を絞って(今回我々は錐体細胞が少しだけ障害されている例に絞りました)、そして、その錐体細胞が良くなるのをどの検査で捉えるか、薬が効いているのを見逃さない工夫が必要なのです。これは薬剤の効果の証拠を国に示す近道のためのプロジェクトです。研究のためにやっている訳ではなく、いかに早くそういう薬を皆さんのもとに提供するためには、色々な工夫をして臨床への扉を開けなければなりません。

●高濃度のウノプロストン
 そこで用いたのが、緑内障の患者さんにずいぶん前から用いているレスキュラ、正式名称ウノプロストンという点眼薬です。これは、眼圧を下げるのみならず、循環改善作用、神経保護作用、網膜光障害に対するレスキュー作用などが10年前から報告されています。しかし、はっきりとした効果は認められていませんでした。やはり工夫をしないと効果は認められません。そして、多くの緑内障患者さんで使用経験が多いので安全性が高いのです。

 これで、『錐体・MP1・ウノプロストン』という3つのキーワードが出揃いました。

●臨床結果
 MP1で検査すると優位を持って改善していることが分かりました。個々の症例で、ものすごく改善している人が数例あります。これは元々MP1の感度が中くらいに悪かった人でした。うんと良すぎる、正常な人は良くなることが捉えられません。既に相当悪い人は相当錐体が障害されているので治療が少し遅かったのかもしれません。

 なぜ、ウノプロストンは効くのか? 2つのことが考えられます。DHAの作用(神経細胞の伝達を柔らかくする)とカルシウムチャンネルをブロックする作用です。ウノプロストンは、循環改善、神経保護作用、栄養因子作用、ABCのすべてのポイントを持っているということで効果が認められたのではないかと思われます。

 全国6施設で約120名の患者さんで実施したウノプロストンの治験が終了しました。ただここでひとつだけご理解いただきたいのは、これは濃度の高いウノプロストンであり、現在国内で使用しているレスキュラとは違います。詳しい報告は、まだできない状況ですが、おそらくニュースとして近々皆さんの元にも届くはずです。

【追加情報 オキュセバの第2相臨床試験が終了】
 上記、菅原先生の講演で、「近々ニュースでお届けできる」とお話しされていた内容が、6月3日と7月15日に株式会社アールテック・ウエノからニュースリリースされました。

 それによると、網膜色素変性症治療薬として開発中の点眼液、製品名オキュセバの第2相臨床試験が完了し容量依存的に改善することが確認できたとしています。
試験は、全国6施設、112名の患者に対して行われ、1回にオキュセバ2滴投与群、1滴投与群、フラセボ(薬剤を含まないもの)投与群の3群に分け24週間投与したとの事です。詳しくはアールテックウエノのHPをご覧ください。

株式会社アールテック・ウエノ
  URL:http://www.rtechueno.com/

 なお、今後の開発スケジュールについて問い合わせたところ、一般的には第3相試験→厚労省へ認可申請の順だが、難病であることから第3相試験で1000人規模の治験を実施することは困難であると考えられるので、第3相試験を割愛できるよう国に要望すべく準備しているところであるとの事でした。また、患者さんの協力が必要とも話されていました。

 JRPSとしての対応につきましては、代議員会にて「詳細な報告が8月には出るのでその時点で検討します」と報告されていました。治験に関わっている千葉大学の山本修一先生がJRPSの学術副会長でもありますので、本部からの情報を注視していきたいと思います。

**この医療講演会は、NHK歳末たすけあいの配分金により開催しました**